社長ブログ

大阪石材株式会社 伯井です。

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2017年07月18日

動物と人間の違い

動物は自然の中で群れて生きたり、家族だけで生きたりしてている。
それは本能がコントロールしているというのがフロイドの考えだ。

人間はその本能が壊れているというのである。
二足歩行して手が自由になり、道具を作り自然を人工化する知恵ができたというのだ。

本能が壊れているというのはどこがどうなってるかである。
動物である人間が共通する本能は三つある。
1.食欲だ。動物はお腹がすいたときだけえおモノをとるが、お腹がいっぱいになればとらない。
人間は違う。お腹がいっぱいでも貪欲にほしがり、貯蓄する。また日持ちするように加工もする。
2.性欲だ。動物は一定の発情期がある。そして種の保存のため好き嫌いでなく強いものを選ぶ。
人間は違う一年中発情期で本能が壊れてる上に、種の保存より好き嫌いを考え相手にこだわる。

3.睡眠だ。動物は天敵がいるので惰眠はできない、いつも警戒心を持って生きなければならない。
人間は人工的な安全の場所(洞穴)を確保したり、
動物を避けるために火を燃やして近づけなくするから、安全が確保されると惰眠する。

フロイドによるとその結果本能を意識的にコントロールするために自我を形成する。(意識自我)
ところが現実は思い通りに行かない事が起こったら、どうコントロールすかといえば、
意識的自我を肯定するために、無意識の領域に放り込むのだというのである。
上手く行かないことがなかったことになるのである。
仮に「あなたは嫌い」と現実があるとすると、
意識的自我は自分を守るために「たいした人物でなかった」と無意識に放り込むのだというのだ。
壊れた本能は自我をとうすために他己否定する。
これが不安や恐怖の原因となり、夢にでてくるというの論法がフロイト流だ。
抑圧された(意識的に考え上手く行かなかった)自我が無意識の正体である。

欧米ではこの自我を尊重し、個人がもっと自由になることを良しとする。
完璧な自我を求め努力するのは悪くはないが、時にはこれが自己中心的な行動となり自分に執着する。
トランプ大統領アメリカファーストを叫び、小池東京都知事は都民ファーストを叫ぶ。

山田無文老師は「自分とは何か」という問いに以下のように答えられている。
「君は今日から自分のこと勘定に入れないで、
何か一生懸命人のために尽くしてごらん。
とにかく一生懸命人のために尽くして
そして心からよかったと思えたら
それが本当の自分だよ」

大乗仏教の言葉に「自未得度先渡他」=自ら未だに悟りませんが先に他の人を渡します。
古歌に「人をのみ 渡し渡して おのがみは 岸に渡らぬ 渡し守かな」

本当の自分とは本能をコントロールする自我でなく、
母が子を育てるように、利他行をする自分に目覚め実行する事だと諭す。
ちなみにフロイドは東洋的な境地の「涅槃」こそ本当だと考えタナトス(死の欲動)とエロス(生きる欲動)
の二元論を展開するが大乗仏教的展開に至らなかった。

皆さんは本当の自分をいかが考えられますか?

2017年07月17日

阪神大震災で気付いた仕事観

先日何気なくTVを見ていたら、31歳で阪神大震災に見舞われ、
25歳で立ち上げた会社10人で数億円稼いでいた会社を無くした人の話だった。

この人は大谷百合子さんという元吉本興業のマネージャーを三年ばかりやっていたキャリアがある。
結婚で退社されたが、あの有名な横山やすしや宮川大輔のマネージャーをされていた。

話しは元に戻りますが、阪神大震災は決定的だが、その予兆として、
育ててきた仲間には裏切られ、子育ても上手く行かず、夫婦関係も上手くいってないところへの震災だった。

このときに気付いたことがある。

「今日は、明日を保証するものでもないし、昨日は今日を保証するものでもない」

という。

禅で言うところの「今、ここ、自己」ということを言ってる。
人間が勝手に過去、現在、未来の因果関係をつけ記憶するためにつないでるというのだ。

そこでこの人は何をしたかが問題である。

震災の最中、明日からどうするかという生活が迫ってきて、不安で不安で仕方なかったとき、
自分と向き合って「自分が何しているときが幸せか」自問自答したというのだ。

答えは「人を喜ばし笑顔を見ることだ」という結論になったらしい。

そもそも企画会社を創ったのも、こんな風になりたいなと夢描いて(WANT)を持って会社を起こした。
成功すると、自分を守ろうとMUST(ネバならない)と保守的になったために、
運営が上手く行かなくなったという。

ここから彼女は「仕入れ」がないのに人を喜ばせられないと考えて、
まず自分を磨く事やと、人間力つけるために、いろんな講演会に行って学びだしたのである。

現在は年間300ほどの企業セミナーをおこなって活躍されている。

他人を元気にすると自分も元気になれると考え、
吉本興業で培った他人に頼らず独立自尊の自立精神と
タレントをトコトン売り込むために汗をかくことに徹する。

顧みて彼女の行動力や気づきを自分に照らしてみると、
仕事をするときに自分の仕入れ(セミナーを受講)の学びをして人間力を高め、
お客さんをトコトン感動させようと徹してるだろうか?
また、誰にも頼らず自分で道を切り開く覚悟で仕事に向き合ってるか考えさせられる。

阪神大震災がきっかけで、自分を磨くことから始め、
他人を喜ばし元気な笑顔にすることを「使命」に今も活躍中。

何がきっかけで気付くか解らないが、今を生きる迫力を感じざるを得ない。
中嶋みゆきの地上の星とはこんな人のことを言うのであろう。

皆さんの仕事観は如何考えられていますか?

2017年07月16日

フロイドが発見した心の構造

フロイドは無意識を発見した素晴しい功績がある。
近代社会が形成される基本となったのはデカルトの自我論だ。

「我思うゆえに我あり」というのはあまりにも有名な言葉から個人を尊ぶ社会ができた。

自我とは何かを考え、
フロイドは意識するからには意識を押える無意識があると考えた。
そして無意識には二つあって、すぐに意識化できるのを前意識と、
それ以外を無意識がると主張した。

無意識の中味には二つあって、
一つは良心という自我をチェックする理想の自我(超自我)、
もう一つは自我を押えている欲動(リビドー)がある。
この抑圧された無意識を暴れ馬のたとえ、
騎手(自我)を振り落としかねないぐらいに快感原則に従うものだと定義した。

最近のTVで話題の松井・舟越の離婚劇は、
将に無意識にある欲望が暴れ馬になって暴走し、
元来の自我を落馬させ蹴落としている姿である。(松井氏の言動)

さてフロイドは人間は三つの苦痛にさらされていると分析した。
1、「身体的苦痛」=からだの痛み不安(食欲、性欲、睡眠欲)
2、「外界の苦痛」=自然の脅威(実に無慈悲だ)
3、「他者との関係」=文明社会での必要不可欠な人間関係

この解決に彼は
1、性欲を別の得ネル地に添加させる方法(他者の幸福を喜ぶ)
2、現実社会と結びつきを断つ方法(出家)
3、薬物やアルコール依存の方法
4、東洋的ヨガによる制御する方法
5、世界を改造する方法(独自の世界観を構築する)

この五つの方法が解決にはならないと気づき、
彼はこれをタナトスと言って死の欲動、
エロス(生きようとする欲動)の二元論に行きつ仏教の涅槃寂静を理想とした。

しかし、涅槃には二つあって、
1、有余涅槃=肉体がありながら無我の境地になる。
2、無余涅槃=肉体がなく無我になる。(死)
フロイドは肉体を維持しながらの涅槃という答えにならなかった。

フロイドの後無意識をさらに深く掘り下げたのはユングだ。
ユングは個人的な無意識の奥に、集合的無意識があると主張、
国籍、文化や民族を超えるんものだというのである。

このことは持戒にまた書くことにしよう。
薬師寺や興福寺の「唯識」といって意識については仏教経典にあるのである。

「無意識」の世界を「業」(カルマ)と言って、
自分の過去でなく先祖遺伝子の過去も含めているのが東洋の知恵だ。

皆さんは心の構造フロイド流如何おもいますか?

2017年07月13日

素直な心で自分を見る。

法華経の中に「薬草喩品」という教えがある。
実に当たり前の話であるが、現在の世のなかではいろんな解釈があり困ってしまう。

権利と義務についての世のなかの判断基準が、どうも理解できないのは私だけだろうか?

さて、薬草には大きなもの中くらいのもの、小さい薬草とある。
また樹木も大きい木、小さい木があるが雲が湧き等しく雨を降り注ぐ、
その雨はたとえどんなに大きい木でも小さな花も平等に降り注ぐというのである。

しかし現実の世界は大きかったり、小さかったりと差別(区別)があるというのである。
自分が選択して生まれてきたわけでないから、親に責任を持っていっても仕方ない。
また、社会や、環境のせいにしても仕方がないことだ。

言い換えると、その差別(区別)こそ個性であると自覚すればいいのだ。
でも青春時代には他人との違いがコンプレックスとなり苦しむのも事実だ。
いくら苦しんでも仕方ないと事実を100%受け入れるか、
トコトン他人との差を失くすために一生追求するかどちらかであろう。
たとえば、顔がコンプレックスだと整形手術という手段もある。

皆さんはどちらを選ばれますか?

問題はここからなんですね。
自分の劣った差を跳ね返して、他人との差を原動力に「努力」して可能性を伸ばすか、
「こんなもんだ」と諦める選択をすることで自分の可能性を閉ざしてしまうのかである。

自分の顔はもう一つだが、足が早いかもしれない。
絵が上手かもしれない。
どんな人も違いはあるが現実はそれが当たり前であると諭してるのである。

薬草の喩えは大きさの違う薬草は見た目は違っているが効き目は変わりません。
三草は薬の役割を果たし、役に立っていることは間違いないのである。

「平等と差別(区別)」自分の心を素直に見て現実と天から与える平等を感じ取りたい。
我々人間は息をするから生きれる。
空気は万人の人に平等に与えられている。(これがなければ死んでしまう)
こんな雨のことを仏教では慈雨というのですね。

皆さんは素直な心で自分を見てどう思われますか?

2017年07月12日

産官学で真ん中(中庸)を探して未来を切り開く

一国内の生産活動がピークに達し、と消費活動のバランスが取れ、
これ以上となると過剰生産になり経済的にはマイナスになる時代に入った。、
アメリカでは1960年代、ドイツは1969年代、日本は1070年代になるころだ。
それでも、拡大再生産を余儀なくするのが資本主義だ社会の持ってる構造だ。
我々の学生時代にはこの構造の欠点をつついて、人間疎外論や、資本の搾取論を展開し、
社会を平等を胸とする社会主義、共産主義が理想だとデモや反戦運動をしたことを思い出す。

さて、生産設備がピークになって、アメリカは軍需産業にシフトし、
ドイツはギリシャ・ローマに習って労働は奴隷がするものと時短へ取り組み、
日本は輸出にシフトしたのである。

ところが、日本は1980年代にジャパンイズナンバーワンといわれて、
規模は拡大してGDPは500兆になってきたが、
その後1985年のプラザ合意で輸出を辞め内需拡大しろとなって、円高に誘導された。
ところが、日本は省エネ商品や燃費の良い車の開発をしたりして生き残っていったが、
金融業界はビックバーンと言って、山一證券、北海道拓殖銀行の倒産などで業界の再編がおこなわれた。

経済はデフレに入って生き20数年500兆前後を行ったり来たりしている。
そこで助けられたのは中国の一国二制度で経済の自由化に伴い、
生産拠点を国内から移していく政策でコストを下げて維持できたのである。

アメリカは軍需産業と共にシリコンバレーを中心に情報産業を育成し、
情報ハイウエーを世界中につくり、料金所で稼いでいるのである。
日本は情報処理のコンピュウターウエハーなのど生産技術では顕在的な恩恵は受けたが、
中国や韓国の追い上げ構成で価格競争にさらされ、東芝、シャープがガタガタになってきてるのが現状だ。

そんなさなかに政府は400兆円あるy地位割れる企業の内部留保金を税で採るために、
「働き改革」をということで、時短へ舵を切り出したのである。

これには三つある。
1.体験して楽しむ「コト消費」の拡大。
ドイツでは2週間の漁村体験や農業体験がはやっている
2.、健康志向ニーズの拡大
サプリメント市場がどんどん市場を創っている。
3.AI(ロボット)導入促進だ。

このことの意味するところは、
1.労働者の賃金格差を助長する。(二極化)
2.ロボットによって作業の仕事が奪われる。
3.人間疎外が起こり、消費者が少なくなり市場が二極化する。

コンプライアンスを遵守する意味でもこのハードルを乗り越える意味がある。
しかし、悪い予想をすれば、AI革命で、
1.医者は病人を診ないで病気を見る
2.企業は仕事を見て社員という人間を見ない。
こんな風になってほしくないので自社の「働き方改革」を真剣に考える必要がある。

(注)今朝の新聞には秋の国会で審議される「高度プロフェッショナル制度」が、
政府と連合の要請を受け法案として「残業代0」が提出される運びとなったそうだ。

そんな政府方針に対応し独自対応策三つあげると、
1.人財育成に「才」と「徳」という両面を磨く教育体系を作り、
人間がロボットに疎外されない人間力をつける。
2.経済効率をあげるためには、ロボットに丸投げして作業と価値を切り離すのでなく、
ロボットと人間の共生、ハーモニーを創れる仕組みの構築
3.少子高齢化に見合う市場の創造をし、
物心両面が癒され安心する生活環境への貢献をする新商品や、サービスの高度に進化させる。

国には国の役割があり、民間には民間の役割があり、また学者さんには学者としての役割もある。
産官学の協力体制を作り、真ん中の未来を右に行ったり左に来たりで築き上げる事が急務だ。
この三方が一つになって、日本の発展進化があるに違いない。

皆さんは自分の立場で具体的にどんな行動をし末来をどうイメージしてますか?