社長ブログ

大阪石材株式会社 伯井です。

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2018年05月25日

心と身体の避難場所

27歳で経営を始める事になった。
たった3人だった。
毎日朝6時から夜の12時まで仕事した。
それでも明日の仕事の保証がない。
仕事に対する恐れや心配がエンジンとなり、前進した。

恩師に「人間は何時間睡眠すれば良いか?」と尋ねた。
答えは「7~8時間」だった。

石屋として現場の仕事も営業の仕事もあった。
身体が資本だから、必ず睡眠時間だけは確保し続けた。
それでも疲れが取れないときには温泉かどこか違う場所に避難する。

当時は出張が楽しかった。
現実を忘れられリラックスできた。
全国の石屋さんめぐりと世界の石屋さんを研究し始めたのもその快感からだ。

さて問題は心の避難場所だ。
一般には既製品としても宗教に盲目的に避難する事もできたが、
マルクスの「宗教はアヘン」で思考停止するという言葉が耳に残っていて、
どんな宗教も学ぶという姿勢で盲目的にはならなかった。

薬師寺の太田先生の「唯識」を学びだしたのは38歳位だった。
勿論、体験もなく、技術もなく、資本もない新参の石屋は、
失敗しても損するものは何もないと言い聞かせ、ただ勝利を夢見て邁進するだけだった。

心はいつも苦しんでいた。
あまり苦しくて生駒山に登って「苦しみよ!寄って来い!」と叫んで自分を鼓舞した。

騙されたり、裏切られたり、無知なために失敗を繰り返す体験を多く積んでいくと、
金や地位に頼らなくても課題を解決できる哲学が生まれてきて自信ができてくる。
勿論仏教や儒教から多くを学び自然に対処方法が考えれるようになっていた。

結論的に言えることは「無欲で利他行をする(善行)と金や地位は自然と勝手にやってきて、
自分に利己的な欲が絡むと人間も金も地位も離れていくものだという事が解ってくる。

目標高くチャレンジすると苦難も同じ位の大きさで反作用してくる。
でも、この状況が人間を高め、智慧を宿してくれるのも現実だ。

恩師小田切は「潜態論」という哲学を樹立した。
釈迦の直観で洞察した四諦六波羅と原子核の動きが同じだと論を展開する。
科学の解脱を叫んで一人唯物弁証法哲学に異論を立てて孤高の学者として闘って生きた人だ。

先生が次世代に託したのは自分の足で立ち、自分の内面を磨き上げ、
心と身体を統一した人間観を持ち、自分という人間をブランド化して堂々と生き、
心と身体の避難場所は自分のうちにあることを自覚することだったに違いない。

道元の「冷暖自知」を教えてもらったのも先生だ。
皆さんは心と身体の避難場所、外に求めていませんか?

2018年05月23日

「情報化社会」こそチャンス

1980年代に始まったIT革命に代表されるのは、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンだ。

情報が商品だから工場は要らない製造業を立ち上げた。
収入は検索連動型広告だ。
従来のリアルな現実に中でトヨタは垂直統合型の組織をつくってきた。
ところが、情報化社会では規格を統一すれば分散して部品調達ができるようになり、世界中から部品を集められ、組み立ても人件費の安いところでできるようになってきた。

従来型の概念を進化させ進んできたのがトヨタだ。
情報化社会の概念で開発したグーグルの自動車と今後どう戦っていくかである。

従来の概念 情報化社会の概念
1. 中央集権型 分権型
2. 垂直統合型 水平分業型
3. 大組織による効率 小組織の効果
4. 有料(振り込み手数料) 無料(検索連動広告料)
5. 法律優先  市場優先
6. 組織人 独立自営
7. ハード技術 ソフト技術

上記は社会の軸が違うので、それに概念のキーワード書いてみた。

最近、産経新聞に以下の記事が掲載された。
最年少社長15歳で起業して、平成31年3月にスタートする事業は、日本で初めて無料の配車・運行サービスだ。
利用者は専用アプリを使って配車を受け、社内のディスプレーにファッションの店、ランチの店の情報が流され、走る広告塔となるのである。
運賃に当たる運行コストは広告スポンサーが負担する仕組み。
資金はクラウドファンディングで目標5000万集め、福岡市天神を中心に10台ほどでスタートし、東京オリンピックや海外ではシンガポールへ進出する計画だ。
まさに、工場なしの情報化社会の事業だ。
問題は広告のスポンサーが続くかどうかである。

あらゆる業界が情報化社会の概念を元に根本的に小さな組織をつくる時代である。
IT化により資本主義の根幹が揺れ動いてるのが金融だ。

中国にはグーグルに代わるのがバイドゥ(ナスダック上場)、アマゾンに代わるのがアリババ、フェイスブックに代わるのがテンセントであり、電子マネーが使われている。
その額150兆円(日本は5兆円)で振り込み手数料は無料だ。
「アリペイ」「ウイチャットペイ」といわれる決済だ。

世界の工場の中国がリアルな製造業から脱して、工場の持たない製造業へ飛躍するべく、アメリカのシリコンバレーのようなソフトの開発を世界中から才能のある人を集めて行っている。

日本は戦後、アメリカの中央集権的な統合を真似して1980年代はジャパンイズナンバーワンとなった。
しかし、アメリカは地球の空間に情報ハイウェイを通し、情報化社会の優になった。
今後の世界のバランスはどのように変化し、日本の産業界は如何にチャンスとして自己変革を遂げるか楽しみだ。

皆さんは情報化社会のキーワード、如何おもいますか?

2018年05月20日

「三方よし」で智慧が出る。

私たちは自分と他人だけでは世の中では仕事ができない。
それには世の中も良くなることを考え実行しなければ継続的に仕事ができない。

三方よし「売り手よし、買い手よし、世間よし」の実現だ。
この行動は実にシンプルだ。

昔から母親が言ってた
「嘘をつくな」
「御天とさんが見てる」
「世間体が悪いことするな」
「約束守れ」
「挨拶をしろ」
「靴を出船のようにそろえる」
「頂きます、ご馳走様」を言う。

こんな事ができるかということだ。

時間を急いでいたり、他の事が気になってると、
手を抜くというか、いい加減な行動をしてしまうのが事実だ。

大体これを奇数の年齢9歳までに身につけると良いと森信三先生はおっしゃられる。
この逆を壊してきたように思う。
それが自分の主体だと勘違いしていた。

母親は立ってものを食べない(ファーストフードがはやってない時代)、
友達の家に泊まりに行くときは必ず手土産を持って行き、
寝させていただいた布団は片付ける。

こんな事厳しく言われたことを懐かしく思う。

三方良しの一番はお客さんが喜ぶことか、社会のためになることを実行する事だ。
結果自分も良くなるのである。

この良しは物心両面を意味する。徳も得も両方だ。
言い換えると人間力(人間の品格)も物も豊かに技術も上がるという事だ。

そうするには三つのことに着眼するとよい。

社会やお客さんの役に立つには、
1.難しく他社でもできないことをする。(独自化が生まれる)
2.納期の短いのにも対応する仕組みを作る。
3.安心安全を確保し納得価格(適正)を実現する


私は人間として考えると、誰もが「嫌い、損、苦手」、ことを原因として取り組むことだ。
一番の難しく複雑な事を単純に解りやすくだ。

人生の最高の喜びは「他人や社会を喜ばすこと」とスヌーピーは言ってる。

皆さんは三方よしに挑戦されてますか?

2018年05月19日

「因縁果」とは

「因果の法則」は誰でもわかりますね。
原因と結果なんですね。

善きことを思って、行動すれば良い結果となる。(善因善果)
だから悪いことは思ってはいけないと仏教的には諭される。
それでも人間の心はいつも善悪の中を揺れているのが本心だろう。

善人とは「利己心」を認める人のことだと思っている。
この利己心がエンジンとなって爆発し、エネルギーになるからだ。
問題はどちらを向いて「私という車」を走らせるかだ。

自分つくりには三つの方向がある。
1.身体を養生する事が大事だ。(天理教の教えでは身は借り物、暴飲暴食しない、節制)
2.心を養う事だ。(心はころころ変わるから心というといわれるが、本能が主人になることを
 押える。自己中心の利己的な行動を悪というのである。逆に利他的な行動を善と言う。
 心を浄化し高めることを養うのである。善行をする。)
3.出会いが大事。(1・2は自分の身体と心の事が原因で、結果が出るというのであるが、
 最も大事なのは人との出会いである。その人が出くわす環境だ。)

この三つが重なって結果がでてくるから「因縁果」というのである。
思い起こせば大学をでて就職し、あまりにも人間を疎外した働き方に憤りを感じ7ヶ月で退社した。
その時に中学の恩師が田舎の家に一週間ほど頭を冷やすために泊まりにおいでと言ってくれた。
夏目漱石の「草枕」を持っていき、毎日山登りしていた。
その時に教えられ言葉が今でも心に残ってる。

「作業服も似合い、モーニングも似合う男になれよ。」と、おじいさんがポツリと語ってくれた。
それ以外は何も言わなかった寡黙な人だった。
その時は全く意味がわかっていなかった。

その後大学の学長を頼って就職を頼みに行った。
ある会社に就職できた。
そこで出会ったのが一代で70億の会社を作った社長と心の師となる小田切瑞穂先生だ。
その先生のすすめで石材業も始めた。
社会を教えてくれる先生も紹介くださり、社会科学を教えてくださった岡田弁護士にも出会った。
私は実にラッキーな男だと苦しいときには言い聞かせてた。
最近は私がその人たちと出会うことを選択してきたという強い意思を抱くようになった。

今までは未熟な私が選ぶとはおこがましい態度と思っていたからだ。
言い換えると自分に自信がなかったからに違いない。
今もはっきり自身があるといいきれるかといえば言えない。
しかし、「縁」を大切にして「恩」を返さないといけないとは思っていた。

出会いの中には悪い出会いもあった。裏切られた事も何度か経験した。
それでもで善き人との出会いの力のほうが私を育ててくれたと思っているからラッキーだ。
これからも出会いに感謝して、自分が主人公で山も坂も乗り越えて自分の道を描いていきたい。

皆さんの因縁果は仕方なくですか?自分で選んだものですか?

2018年05月12日

二つの世界がそのまま一つ

欧米に禅を広めた金沢生まれの鈴木大拙が青い眼の人に説いた言葉が、
「二つの世界がそのまま一つ」

鈴木大拙によると、人間は三つの糸でできているというのである。
1.動物的=物理的、自然的、身体
2.人間的=知性的、道徳的、才と徳、知性と感性(分別知)
3.霊性的=祈りが原動力になって(無分別智)

人間は絶対矛盾の存在である。
だから知性を使うと分けて考える。
感性を使っても情を感じるのに分別する。

実に人間的であるが迷いや悩み不安や恐怖を抱くのも事実だ。
生死に隙間を作るからである。
これを一つにするには絶対無的主体を体得する。
生死一如と捕らえれる事だ。

その方法に坐禅があると言うのである。
この一つを表現すると「物心一如」「自他不二」という言葉がある。
「私とあなた、あなたと私」は自他分離で分別知だが、
「私のあなた、あなたの私」は自他不二で一つだ。

これは言葉のうえでの事だが、
実際に現実の中でこの行動が出来るなら、
無分別智という霊性的な自分を引き出しす事になる。

普通は「喜怒哀楽」の世界で無意識に自他を分離して捕らえてるし、判断もしてる。
これではコミュニケーションがキャッチボールにならず、ドッチボールになる。(これが普通だ)
だから、コミュニケーションが難しいとか、人間と関わりたくないとなるのだ。

歴史を紐解くと絶対無的主体で忠誠を貫いた幕末の水戸藩では、
徳川斉昭が第九代の藩主になり、大日本史の編纂や藩政の改革進められていた。

ところが保守的な門閥派によって隠居謹慎となり、同時に儒学者の藤田東湖も幽閉されてしまった。

明治を迎える尊皇攘夷はの忠誠心が問われる武士の大転換の時期だ。
尊皇攘夷の武士は中国、南宋時代に元によって征服されたとき、
元の言う事をきいて働けといわれた文天祥は「正気の歌」という詩を読んで、
元には服さなかった。藤田東湖は文天祥に習って自ら詩を書くのである。

欧米のように敵、味方となって革命として潰しあうのでなく維新といい、
新たに正して行くという志の元で立ち上がるのである。

藤田東湖が書いた「正気の歌」を胸に抱き死を覚悟し、絶対無的主体、
禅的に言うと鈴木大拙の霊性的にまで心が浄化されたに違いない。

昨今の国会の議論は志が高く国家が凛とした素晴しいビジョン応酬の議論には感じないのは、私だけだろうか?

皆さんは二つの世界がそのまま一つ(如実知見)いかが感じますか?