社長ブログ

大阪石材株式会社 伯井です。

2012年02月08日

『和』の意味

京都造形芸術大学で教えておられる方と読書会で知り合った。
われわれの仕事もデザインや石造芸術としての側面もあり、
また歴史や伝統といった不易な精神的な文化もある。

その知人を通じて求人をお願いすることになり、
改めて大学の設立の意味や歴史、大学の学長のメンバーを知って驚いた。

学園長が細川元首相で学長が瀧の絵で海外でも活躍されてる千住博さん、
副学長がAKB48を世に出した秋元 康さんだ。
もう一人の副学長は横内敏人さんである。
この横内さんが日本の文化の根本の伝統に『和』があると語られてる。

大学院長の浅田 彰さんは、
『フランス語で言えば、伝統(TRADITION)とは裏切り〔TRAHISON〕の連続だということになる』
と表現され創造性を強調される。

さて、横内さんの『和』の意味には4つある。
1〕日本人を表す意味
2〕平和であり穏やかな意味
3〕混ざり合う意味
4〕足し算の結果の意味

古来日本は中国や韓国から文化を輸入し混ざり合わせながら日本化してきた。
明治になっては欧米の文化も吸収し混ぜあった歴史がある。
特に戦後はアメリカ文化のよさを吸収し更に複合的な文化を生んできた。

人生を生きることはモノやサービスを生み出し造る。
言い換えるとモノやサービスに従事して仕事を通じて生きるのだ。
仕事が単に製品やサービスとして造り流通するだけでなく、
更に要求が高く、製品から作品として人間の心や感性に沁みこむものへ、
飛躍させることが問われてるのが現代だ。

横内副学長は『和』とは伝統と革新の融合する創造の精神だと結ばれる。

みなさんはこの大学ご存知でしたか?

2012年02月07日

日本の人間観

日本は聖徳太子の時代に出来た17条の憲法には『和をもって貴しとなす』を大事に受け継がれてきた。
平安期の弘法大師、空海は『三教指帰』(さんごうしいき)という書物では、
仏教、儒教、道教の三つの教えを説いている。

この基本的なミックスの文化が鎌倉の武家社会に受け継がれ、
室町時代には日本の着物文化や茶道、華道が体系化された。

その後の江戸時代という大平の世の中を築き上げた徳川幕府は、
俸禄を与える代わりに主君に対する忠義と厳しい恥を恐れる『世間』という対面を重んじ、
本の小さな罪も藩の恥と名誉を守らんために切腹や殉死が日常茶飯に行われた故に、
大変我慢強い国民性を生んだのである。

武士道は基本的には仏教、神道、儒教の三つが源泉だと新渡戸稲造先生は説く。
1)仏教はすべてを受容するストイックな性質で生に執着しない気質
2)神道は主君に対する忠、先祖への崇拝、親への孝による謙譲の気質
3)儒教は孔子や孟子が理想とした厳密な倫理的な教義を元来持っていた日本人気質

日本人の多くは無宗教と答える。
ある人は科学的論理性を尊び迷信性を排除する意味で無宗教といい。
ある人は複合的に絡まり、日常生活の中で常識化した行動になり気付かないで無宗教という。

明治の新渡戸稲造や内村鑑三は外人に日本の人間観を伝えるべく、
『武士道』を書き『代表的日本人』を本にした。
岡倉天心は「BOOK OF TEA」を書いた。

私はその中でも仏教的人間観が一番なじむ。
人間には六道〔地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天道〕をみとめて、
それに有頂天、金輪際という人間のキャラクターの幅を認めてるのだ。
人間の心はこの六道がぐるぐる回ってるという考え方だ。
実に面白く止まっていないのだ。

ところが西洋的なアイデンティティーは違う。
西洋的精神医学が入るので自立した立派な状態だけが人間で、
精神状態がおかしいと罪を犯しても人間ではなかったいうことになり裁けない。

仏教的な人間観は実に微細で的確だと思うし、
日本の村社会の掟の村八分というのは、
物事を100対0にしないであいまいだが、
いずれわかってくれるという受容に精神で寛大だと感じてる。

現実は世界ははっきりしたアイデンティティーがあるから対立し排除し合ってる。
日本人はあいまいだとか優柔不断といわれるが、
逆から見れば平和主義で寛容な精神構造になってるのではないだろうか。

皆さんは如何考えられますか?

2012年02月03日

もう一人の自分

人間が子供から大人になるには『もう一人の自分』をつくること。
もう一人の自分=『喜び』と『感謝』する心の健康な自分である。

イマニエル・カントは大哲学者だ。
しかし実はドイツ生まれで背中にこぶがあり胸の乳首には肉が盛り上がり、
呼吸も135回と早く『辛い』『苦しい』と生きていたそうだ。

両親も不治の病だから直らないと諦めていたとき、巡回の医者がやってきた。
医者は「『辛い苦しいだろう。』とカントに呼びかけ、
それをいくら口に出していっても両親が苦しむだけで痛みは消えない。
君の身体は治らないが、『心は大丈夫だ』
心まで病んでないから、君の口から『喜び』と『感謝』の言葉を出す、
「『もう一人の自分』心の健康な自分を大切にしなさい。」といった。

もし私に医者が同じことを言ったとしたら、
「自分も同じ身体にならないと解るものか」と跳ね飛ばすだろうが、
カントは素直に医者の言うこと受け入れた。
本当に幸せはどこにあるのでしょうか?自分の中それとも外?

私は『自分の心の中にある』と思う。
当たり前のことに『感謝』し、当たり前のことを『喜ぶ』
決して、自分の不幸な身体や、生い立ちのせいにしない。
まして他人のせいや社会環境のせいにしない。
いくら自分の以外の人や環境に不平不満を持っても、
外の人や環境が勝手に変わるわけがない。

自分で変えていく以外に!
もし自分で変えていくなら『喜び』と『感謝』の、
心の健康な『もう一人の自分』に変革してもらうことだ。
仕事も人生も「続ける」ことが大事だ。
いい換えると『生きる』ことそのものだ。
事業も同じだ。
『続ける』とは『いつも変化し続けることだ』
イマニエル・カントは『もう一人の自分』に気づき人類に功績を残した。
私はカントのような大それた人間でないことはわかってるが、
『もう一人の自分』を時々忘れてしまう。有意注意だ、生まれつきの自分に!

みなさんはもう一人の自分忘れませんか?

2012年01月31日

『自分の感受性ぐらい』茨木のり子さんの詩

   『自分の感受性ぐらい』

 ばさばさに乾いてゆく心を
 ひとのせいにするな
 自ら水やりを怠っていて

 気難しくなってきたのを
 友人のせいにするな
 しなやかさを失ったのはどちらなのか

 苛立つのを
 近親のせいにするな
 何もかも下手だったのはわたし

 初心消えかかるのを
 暮らしのせいにするな
 そもそもが ひ弱な志にすぎなかった
 
 駄目なことの一切を
 時代のせいにするな
 わずかに光る尊厳の放棄

 自分の感受性ぐらい
 自分で守れ
 ばかものよ

       茨木のり子作詩

茨木のり子さんのほかの詩に『頼るとすればイスの背もたれぐらいだ』と、
自立心がみなぎってる詩がある。
わたしはこの詩人の強さを感じるのは言うまでもないが、
とことん人間の弱さを見つめている人のように思えてならない。
その弱さを隠そうとしたり自分に偽って見ないようにしない生き方の姿勢に心打たれる。

主体性=自分を中心に考え生きることだが二つある。
天動説的主体性=これは自分は変化させないで自分の周りを変えてやろうとする自己中心的主体性だ。〔単なるわがままの主体性〕
地動説的主体性=これは自分の周りは常に変化してると考え自分を強くしっかりもって変化を学び自己を変化させながら進化し発展させる他己中心的主体性だ。〔一見自己がないように思えるが宇宙の意志と共感する主体性〕

茨木のり子さんは地動説的な主体性を持って自己形成をされてる。
一般的には常識だとか他人に気遣うことから逃げて、
社会規律や他人との関係性を遮断して感受性を閉ざし本能的に天動説を守ろうとする。〔無意識に!〕
インターネット世代の言葉なら『リセット』『シャットダウン』だ。

しかし茨木のり子さんは周りの環境に飲み込まれそうになる自分を、
環境に沿いながら感受性を閉ざさないでしっかり自分らしくある生き方だ。
彼女のように自分の感受性を自分で守り自立した主体性を創りたい。

みなさんは自分の感受性を自分で守れていますか?

2012年01月30日

坂村真民さんの詩「こちらから」

愛媛県、松山空港についてタンポポ堂に坂村真民先生を訪ねて20数年になる。
先生の『念ずれば花開く』の碑を建立する手伝いをしてる石材店の社長に引き合わせてもらったので、
講演依頼は快諾いただけると思って伺ったのだが、答えは「NO」だった。

一遍上人を尊敬され、お母さんが『念ずれば花開く』と何か苦しいことや困ったとき、
口に出して言っておられた言葉を本当に願ってる人に届け、
一緒になって現実を受け入れ、生きる勇気に変えることを使命と考えらていて、
晴れがましく人前で講演することが目的で詩を書かれているのではないからだ。
自費出版の「詩国」という詩集を毎月発行され、集う人に送り続けられる謙虚な態度人柄だ。

先生は夜中の十二時に起き、重信川に行き、心を静かに詩作されていた。
亡くなられてすでに三年になるだろうか?
知人から寒中見舞いのハガキに真民先生の詩が書かれていたので、
以上のようなエピソードを思い出した。

     「こちらから」
 
 こちらから頭を下げる
 こちらから挨拶をする
 こちらから手を合わせる
 こちらから詫びる
 こちらから声をかける
 すべてこちらからすれば
 争いもなく なごやかにゆく
 こちらから『おーい』と呼べば
 あちらから『おーい』と答え
 赤ん坊が泣けば お母さんが飛んでくる
 すべて自然も人間もそうできてるのだ
 仏様へもこちらから近づいていこう
 どんなにか喜ばれることだろう

その後もう一回先生とご縁がある。
それは大阪茨木の千提寺にある『まだま村』〔立花之則村長〕に、
一万人の手で彫られた『念ずれば花開く』の碑の建碑式を手伝わせてもらった時だ。
愛媛から先生がこられ『入魂式』を行ったときお会いしたのが二回目だった。〔2000年2月〕
今は懐かしく思い出すだけだ。
この詩を読んでいて『こちらから』が出来ているかと問いかけられてるようで『ドキ!』

みなさんは『こちらから』できてますか?