2011年11月06日
古典に学び現代を生きる
友人が過日、中国で第二番目になる盛和塾が大連にでき、
その創立記念式典に行ってきたとメールがきた。
中国では集会が自由にはできないのだが、開催できたそうだ。
そこでの経営体験発表をされた、中国の李さんのすばらしい話をしてくれた。
若くして会社を経営して大きくしたが、
会社を売って、もう一度学びたいと中国の国学を学んだそうだ。
それは中国では古典の仏教、儒教、道教だ。
もちろん日本はこのすべてを中国から伝えられ学んでき、
空海はこの三つの学問を学び『三教指帰』を残している。
盛和塾では『心を高め経営を伸ばそう』と塾長は言っておられる。
この心を高めるは中国語で『提高心』と書く。
心には三段階ある。
1)本能心=一番浅いところの五感に影響される心〔低次元の自我レベル〕
2)理性心=有意注意で行う判断力を研ぎ澄ます心
3)霊性心=人間の本心、良心〔高次元の魂レベル)
この高次元の魂レベルに自分を高めることで経営を伸ばすことの大事さを強調される。
『敬天愛人』が旗印に努力するのだ。
中国では表現が少し違うが、
成功=人格・理念〔-100から+100〕×努力×能力
人生・工作結果=思惟方法〔-100から+100〕×熱情×能力
上記のように書かれてる。
理想はあくまで理想だが、人間が努力によって近づけるからやりがいがある。
運命論のように最初から決まっていたら、努力は要らない。
聖人君主か凡人かと二つのどちらかと言うのでは、
どこに生まれるかで人生が決まることになる。
私は聖人ではないが、孔子も特別扱いしたくない、
〔尊敬の念を持ってる方には傲慢に聞こえるかもしれない〕
いつも私のような凡人として等身大で孔子の考えを租借したいからだ。
『論語』の衛霊公十五に、
『君子固より〔もとより〕窮す。小人窮すれば、ここに濫る(みだる)』
君子=いわゆる大人、あるいは人格が磨かれ何が起こっても泰然としている人、
君子もやはり人間だと書いてあり、
君子とて困難なこともあるが、私のような凡人と違って、慌てふためかない。
私のような凡人は病気にはならない、事故にはあわない、悪いことは起こらないと、
無神経に生きてると、いざ何かが起こったら、
ただうろたえて事実を受け入れられない心理状況になる。
だが、君子〔大人〕はもっと冷静に事実を受け入れ、
即座に解決策を考え行動に転化する冷静さがあるのだ。
出来ればこんな人物になりたいが、
体験の数にもよるが出来るようになるには年月が必要だ。
みなさんは古典を学びどう生かされてますか?














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