社長ブログ

大阪石材株式会社 伯井です。

2011年10月13日

谷 軍三さんの『運』をつくる条件

人生は『運』が縦糸で、横糸が『因果の法則』。
「因果の法則」のほうが人生に強く働き、「運」まで変えるそうだ。

そこで、自分の『運』を伸ばすにはどんな行動をしたかで決まる。
何故なら因果の法則が「運」を変えるからだ。

『善思善行』よきことを思いよき行動をすると「運」はやってくる。
では、谷翁が95歳に書かれた「運」を作る条件を紹介しよう。

1〕人生には光と影があるが、影を見ないこと。
2〕プラス思考を持つこと。
3〕常に多くの情報を取ること。
4〕素直になること。
5〕感謝の気持ちを持つこと。
6〕運のよい人と付き合うこと。
7〕祖先を大事にすること。
8〕私は運がよいと言葉に出し、信じること。
9〕出会いを大事にすること。
10〕健康であること。〔心身ともに〕

さて、その運をつくる条件を行動したら「人生の決め手」となる条件はあと二つある。

1〕引き〔自分ひとりでは知れてるので他人から引き立ててもらう人格をつくる〕
2〕運〔この10箇条が出来る人〕
3〕真実の力〔実力〕誰にも負けない努力だ。
〔自分で立てた目標と今の自分の力の差を見つけ、どんな方法で目標を達成するか考え実行する〕

みんな解っていても人間は『いらいら』もするし『くよくよ』もする。
『いらいらしたら』→『何とかなる』と言い聞かせ
『くよくよしたら』→『間違った行動したら反省し忘れて一から行動し事態を打開し忘れる』
          〔感性的悩みをしない〕

私は出会う人でここまで人生を送らせてもらったのですごく「運のいい男」と信じてる。

みなさんはどんなことが起っても自分が運のいい人だと信じますか?

2011年10月12日

娘の新しい旅立ち

長女が結婚する結納の打ち合わせにホテルに行った。
一時間の移動の車の中で、期待と不安や心配を次から次へ話す。

池の中でぬくぬくと守られて生きてきた魚が、
小さなボートにのって大海に漕ぎ出す、
未来には大きなエンジンつきの船にのりかえれるか?
池と違って海には波がある。

今まで両親が防波堤になってくれたが、
その浪にのりながら、まだ何も見えない新世界に向かって漕ぎ出す不安だ。
期待と不安が考察しながら、
昨晩フィアンセと喧嘩した未来設計図の細部の食い違いを話をする。

もう妻になったように、光熱費はいくらかかる?
携帯とインターネットで2万5千円かかる。
一ヶ月の食事代の予算をどうするか?
リビングのテーブルの位置と色、
結婚式での衣装や招待者リスト、
式場との打ち合わせや予算面。

夢中になってる娘の姿に『大人になった』としみじみ話を聞き入っていた。
娘から急に「どう思う?」と感想を求められ、

「一休さんが言ってるよ。『心配するな何とかなる』 困ったらいつでも家に帰っておいで。夫婦で。」
娘は「そんなことは出来ません、二人でやります。」と、自分に言い聞かすように毅然と言った。

決意は独立心、新しい町で新しい生活が始まろうとしてる。
地図もわからない、
友人もいない、
妻として行動も変わる。
すべてに戸惑うのも無理はない。

五日市さんがイスラエルのおばあさんに教えられたのは、
『すべてのトラブルの元凶は不安と心配に支配された心の働きによるもの』
娘は今『不安』と『心配』を、必死で行動することで振り捨て、未来を創ってる最中だ。
心の中で「がんばれ、がんばれ」
『行動することが不安と心配を振り捨て、希望が支配する方法だ』と応援していた。

夜には家族で私の誕生日を祝う食事会をした。
何年ぶりだろう五人揃って食事をしたのは?

それぞれが一生懸命今を生きてるなと感じた64歳の誕生日だった。

みなさんは娘の立場、親の立場いかが思われますか?

2011年10月10日

働くこと

一昨日会社説明会があった。
10月になっての就職が決まらない学生さんを前に、
なぜこの仕事に従事したか?
なぜこの仕事の隙間を見つけれ事業が継続できたのか?

こんな話をすると学生は真剣なまなざしになった。
ホントに彼らが求めてるのは自分が夢中になり、
体当たりできるものを探してるのだと気づかされ身が引き締まる思いがした。

そこで京セラの稲盛さんの言葉を引用する。
『よく生きる』ためには『よく働くこと』がもっとも大切なことだ。
働くことの最大の目的は、労働に従事する私たち自身の心を錬磨し、
人間性を高めることにある。つまり、ただひた向きに、
目の前の自分が為すべき仕事に打ち込み、精魂込めて働く。
そのことで、私たちは自らの内面を耕し、深く厚みのある人格をつくりあげることができる。
働くことが『人をつくる』と断言される強い意志をもたれてる。

私は生活のために働くといって精魂込めて働いてるか?
これは他部署の仕事だって、自分に余裕があっても関心ない態度を取っていないか?
こんな反省をすると、人間は完璧ではないと言い訳がでてくる。

でも、無意識では出来てることもある。
自分で知らないだけなんだ。いや意識していないだけと言った方がいい。

それはどんな時かが重要だ。
無意識だが世のため人の為に行動してる時〔利他行〕に自然と心を込め打ち込んでやってるのだ。
自分のためだと自分さえ納得すればいい話だから精魂込めないしすぐ諦める。
取り組み姿勢も見られてないからいい加減だ。

ところが、他人が評価する社会では手を抜けないのだ。
真剣に取り組み自分の持っている最大の力を発揮し、喜んでもらう顔が見たくなる。

このような社会の状況で働くことを『苦』と受け取れば仕事ほど苦痛なものはない。
『楽』と受け取れば仕事は自分の全人格になり、存在になり、人格が磨ける体験の場となる。

学生さんが会社説明会で聞きたいのは、
外見ばかりの売上高、純利益、会社の規模でなく、
そこで働く人間が自分が夢中になれる磨かれた人物がいるかどうか見てるのだ。
自分の心一つで決まることも解ってると感じた真剣な説明会だった。

こんな言葉を思い出した『楽を追えば楽が逃げる、苦を追えば苦が逃げる』
夢中になるものが世の中にあるのでなく、自分の心のなかにある覚悟と決心だ。
わたしは働くことを誰よりも好きでならない。
能力や、考え方はまだまだ未熟だが情熱だけは誰にも負けないと思ってる。

みなさんは働くことを覚悟され共に志に燃えた人物に出会いましたか?

2011年10月07日

修身教授録・森信三先生『意地』と『凝り性』

『意地張って張って悲しい女かな』この川柳を読んだのは父親だ。
還暦の時『道』という川柳の本を出した。
番傘川柳会のメンバーに集まってもらい、
近鉄線の永和駅近くの公民館で開催した。〔私は24歳だったと思う〕

母は二、三歳のころ両親が離婚し、弟のところで育った。
子供は悪気はないのだが、ストレートに話すので随分、心が傷ついたといっていた。
そんな生い立ちから、負けず嫌いの意地っ張りになったんだろう。

世の中で立身出世する人には共通のキーワードが有ると森信三先生は言う。
『意地』と『凝り性』だ。
この二つは協調性のない社会人で、立派というよりむしろ醜いものだ。
森信三先生は真に立派な人格を築くには生命力の大きさ、
力強さなければならないといわれる。

このキーワードは仏教的に言うと『欲望』の固まり、自己中心の悪い人間を意味する。
自分がそんな性質を持ってるという自覚無しに、単なる性分として放っておいた場合だ。

この欲望を「生きるエネルギー」に変え、自覚しながらとことん追求すると『純化』し、
または、「転悟」し立派に世のためになる人物が出来ると断言される。

『意地』=他律的〔他人と対立する〕
『凝り性』=自律的〔自分の事に熱中し、他人に無関心になる〕

特に「意地」は対他的エゴですから、他人と対立し摩擦を起こし協調性がない。
一方「凝り性」は対自的エゴですから、
他人に無関心となり自分の世界で生きる仙人のようになり協調性がない。

この悪い面を良く転換するのは『自己反省あるのみ』といわれ、
『先人の言葉』から『教え』を受けることが解決方法だと指し示される。

「誰の世話にもなりたくない」と意地張っていた母親は認知症で、
過去が断片的におぼろげになり、
ケアハウスに見舞いに行くと『感謝してる、ありがとう』と、
仏さんのような笑顔で話す。
もう、そこには意地のかけらも見えない。
『お願いします』と他力を悟ったようだ。
見舞いを終えて帰ろうとすると『もう帰るの、遠いところありがとう』と淋しげに、
「また、きてね」といつも言う。

みなさんはどんな自覚のある『意地』『凝り性』もっていますか?

2011年10月05日

自分の主人は誰

酒には良い思い出と悪い思い出がある。
青春時代に飲んだ酒は『喧嘩酒』『自己中酒』が多かった。
社会とは何か?
社会の中でどう生活を立てるか?
どのような能力を身につけ、どんな自己形成するか?

こんな問題を悶々と悩んでばかりで一歩も足が前に出なかった。
行動しないから頭の中に妄想を作り出して苦しんだ。
だから酒は苦しみから逃れるものだった。

22歳頃だったと思うが、親友と酒を飲み意識がなくなった。
次の朝親父は『酒は飲んでものまれるな』と、頭が痛く寝ていたら、
馬乗りになって殴ってきた。〔大人になれと言う意味だった〕

酒が主人なのか?飲んでる自分が主人か?自問自答した。
誰でもこんな経験があるだろう。

安岡先生の『偶然少酌』という言葉を見つけた。
約束して飲むのはあまり面白くない。思いがけない時にふいと親友がやってきた。
何はともあれというので、ほんのありあわせでちょっと飲むというのはなかなか良いものだ。

『偶然少酌』を実践し、楽しい酒を飲む酒の主人になることだ。〔反省込めて〕
さて、社会には二つ守らねばならないのがある。
法律と道徳だ。
いい換えると形式〔ルール〕と自覚・自律〔反省〕だ。
形式〔ルール〕=他律的自己形成で自分を抑圧するので、ストレスがたまり他人や周りと対立を生む。
自覚・自律=自律的自己形成で、夢や、志を達成するための内から湧き上がる規律だから、
      反省があるのみで抑圧はない、しかし、夢、志がないと他人や周りを否定し対立する。

一般に人間が自分の主人になるには形式〔ルール〕を守っていれば、
工業製品のように自動的に品質のいい商品〔人間形成〕ができるわけではない。

形式に自分の心を込めて行動する情熱がいる。
ハイブリッドな自己形成がいる。
形式には心も魂もない。
それを扱う人間の側にあるからだ。

自分がすべてにおいて自分の主人になることだ。
禅宗では『随所に主なれば至るところ真なり』と表現する。

仕事も振り回されるのでなく振り回す主体性がいる。
反面、主体性も行き過ぎて、
自分が大自然や仲間、社会環境に生かされてる謙虚さで感謝を忘れると傲慢になる。
元来人間は不完全で未熟だ。
一日振り返って良かったこと悪かったことの反省が必須だ。〔未熟は私だけかも!〕

みなさんは親友との少酌楽しんでられますか?