社長ブログ

大阪石材株式会社 伯井です。

2007年12月29日

「正負の法則・美輪明宏」

先日、S課長よりメ-ルをいただきました。
そこには、心とは何か?に対する答えでした。
心・・・ころころ変わるから心
どうも実態が見えてこない。

答え・・・心=行動

心は態度、行動の方向、にすべて出てる、ということだそうです。
言われて見るとそうですね。
でも心には取り扱いの説明書がありません。
言えることは『正負の法則』が働くということです。
1)怒り(利己心)は不信としてかえる、叱りは(利他心)愛情となる。
2)努力しなければ成果はでず、努力すれば成果はでる。
3)自分に甘ければ他人に信頼されず、自分に厳しい人は信頼される。
4)他人が原因と責めたり不平不満を言うと自分を苦しめ、自分が原因と思えば成長、信頼も受ける。

屈伸すればジャンプするように、『正負の法則』が働くんだな!!
上っ面のいい面ばかり見ていてもダメなんだ。
心は自分から行動することだ、自分を成長させるために!!!

美空ひばりは国民のアイドルとなり美声を天から授かり、
みんなを癒し勇気づけてくれた。
しかし弟、二人亡くし、離婚を一度経験し、
お母さんまで早くなくなり心は孤独そのものだった。
孤独=国民の歌姫なんだな!!

自分ひとり悲劇のヒロイン(ヒ-ロ-)と思ってませんか?
どんな人も苦しいこと悲しいことを抱き合わせて幸福なんです。
いかがでしょう?『正負の法則』

2007年12月28日

「芳村思風さんの言葉」

『人生は「決断」と「体験」のつみかさね。
 「失敗」なんてありません。すべて「経験」なんだから。』

決断が大事なのは、選ばなかったもののすべての可能性を捨て去ることです。
断ち切ることです。捨てる勇気を持つことです。
「この道しかない」「この人しかない」と信じることです。
自分のもてる能力・知識・経験をすべて使って選ぶ道を決める。
そして、その「決断にかける」。他の道を断ち切ること。決断に失敗はない。
最高の道を選んだ、最高の決断をしたと信じる。
過去や今を否定しては、未来は語れません。
どんな苦しいことも、辛いことも成長していくためには必要なことだったのです。
体験しなければ真実は語れません。
病気にならなければ、病気の人のほんとの気持ちを理解できません。
離婚したことのない人に、離婚の苦しさはわかりません。
病気や離婚はしないほうがいいが、もし、そうなったとしても、それを経験・体験として、
活かすときができるときが必ず来るのです。
失敗ではありません、すべて体験です。だから人生に失敗の人生はありません。
人生は成長の連続です。

禅では『今・ここ・自己』一瞬、一瞬、『決心』成りきる。この連続が未来だそうです。
また明日が来ると怠けたり、昨日のことにくよくよしたりがわたしの心の事実です。
だから、自分の心に言い聞かすんです。今の連続!!!!

2007年12月27日

「エミ-ル・ク-エ博士  『暗示に関する法則』」

イメ-ジトレイニングというのが盛んになり、
成功イメ-ジを描けば、身体がそう動いてくれる(自己暗示ですね)

さて、ク-エ博士の暗示に関する法則が二つあります。
アドバイスが肯定的か、否定的かによって、全く結果が違うのです。

第一の法則   意志力と創造力が争う時は必ず創造力が勝つ
第二の法則   意志力と創造力が一致した時、その力は和でなく積になる。

否定形のアドバイスは悪い結果を創造させつつ、改善を迫るわけで、効果が期待できない。
それに引き換え肯定形のアドバイスは、良い結果を創造させ、それに向かって行動しようとします。
肯定形で助言してあげた時はきっとすばらしい成果とともに、すばらしい人間関係をもたらすでしょう。

ジャック・ニクラウスの夫人バ-バラさんは
こういいました。
『あなたは、もう少し体重を減らしたら、もっと腰の回転がよくなって、もっと飛ぶのじゃない』
決して『あなた最近、太り過ぎだから、腰の回転が悪く,飛ばないじゃない』とは言いません。
お解かりですね、みなさん!!!

あのアベノの近くのマツムシ中学校の陸上の原田隆史先生も同じです。
『○○君、ヒジを真っ直ぐにしたら、もっと飛ぶよ』と言い、
決して『○○君、ひじが曲がってるから飛ばんのや』とは言いません。

みなさん、上司や、部下や、仲間にお客さんに、否定形の言葉を並べていませんか?
自己否定は知恵が出て、他己肯定は人間関係をよくするんです。!!

でも、よく考えるまじめな人は、ついつい自分の考えたとうり、否定的に言ってしまうんだな!!
一回自分の頭でひっくり返さないといけないと解っているのに!!!!!

2007年12月26日

「『三つ子の魂100まで』・養老孟司」

養老孟司さんと角アナウンサ-の対談で、
角さんが『性格は変わらないですね』
養老さん『そうは思はないようにしています』
養老さん『三つ子の魂100まで』ということわざあるでしょう。
これは、人間というものは年齢、体験を重ねると変化するという前提があるんです。

だから、素直な心(良心)を忘れないようにということでしょう。
ところが現代人は『三つ子の魂』を個性だと思い込んで成長してない、変化に気づかない。
逆に変化することはおかしいと思ってるんですね。変わらないことが良いと考えてるんです。

こんな様な対談でした。
養老さんはさらに付け加えて『世の中は悪い、世の中はもうおしまいだ』とマスコミは言います。
政治もダメ、経済もダメ、こんな世の中に生きたくないと思いますね。

私は逆だと思います。世の中も、政治も、経済もダメでも、おしまいにはならないです。
自分の外にあるものがダメになったり、おしまいになるのでなく、
自分が寿命でだめになり、おしまいになるだけなんです。

だから自分がおしまいになる前に、
世の中も政治も経済もよくしようと思えば楽しくなるんですよね!!!

みなさんはどう考えてます。
自分の周り(世の中、政治、経済、他人)を変えようと悲観的に楽しくない毎日とりますか?
自分の寿命大切に自分の心明るくし、楽観的で積極的で主体的で創造的な毎日とりますか?

2007年12月25日

「幸福の条件三つ・玄侑宋久」

1)自分はコントロ-ルできないもの

幸福とは心で感じるものです。
特定の目標が達成された時、それは幸福ではなく、納得とか満足に過ぎない。
10年後にこうなりたい、晩年はこんな風に過ごしたいと思う。
それが実現することが幸福だと思い込んでいる。
人生はコントロ-ルできないことがたくさんある。
それに早く気づくことです。

2)解決できない悩みは放っておく

自分の過去を振り返って、解決されてない悩みがたくさんある。
解決しないでどうなったかというと、いつの間にか消えてしまっていた。
ということは、いちいち結論を出すのではなく、とりあえず保留しておくこと、
それが人生という苦しい道を歩いていく智慧でもあるのです。

3)頭ではなく身体で感じる幸せ

人間は笑って、前向きに生きることです。
顔を上げて、まっすぐ前を向いて歩くことです。
昨日のことは昨日のこと、良かったか悪かったかはわからない。
あまり真剣に悩んだり、深く考えすぎたりせずに生きること。
コントロ-ルすべきはあなたの人生でなく、
そのときの心の持ち方なのです。

頭であれこれ考える幸福ではなく、身体で感じる幸福を、
日々たくさん見つけることが幸福です。
    玄侑宋久

私はすべて同感です。

多分この人は自分をコントロ-ルしようと理性でがちがちになり、
解決できない問題をとことん考えて、苦しんで、
頭で考えるんでなく感じる自分が生きてるんだと気づいたんでしょう!!!
一度やってみないと書けないよな!!!こんな文章。

いかがですみなさんは!!!!!!

2007年12月24日

「『こうすれば  ああなる』養老孟司」

養老さんと角アナウンサ-の対談の中から、
角さんは脳梗塞に成り、左半身が動かなくなったそうです。
医者の指示でリハビリをしていたそうですが、何かの瞬間に、
ビ-ビ-ビ-と血が走った感じがしたそうです。
脳細胞は死んだらダメになると聞いたのにおかしいではないでしょうか?

こんなこと聞いたら、養老さんは即座に「こうすれば ああなる」と、
今の人は考えてるでしょう。
でも人間の脳はいつも自然の中にさらされどうにもならない状況に置かれてきた。
そのおかげで創造力が発達したんです。
だから、人間の脳はどうにもならないことに直面したら、パ-と血がとうるんです。
これのほうが普通です。『こうすれば ああなる』という常識が邪魔するんです。

角さんはどうにもならないことに直面したんでしょう、だから血がとうったんです。
『こうすれば ああなる』
『こうしないから ああならない』
といった現象的な目に見えることだけでなく、ほんとに生きるというのは
『こうすれど ああならない』
『こうしないのに ああなった』
こんなことのほうが多いのですよ!!

常識、科学的、論理的なことがすべてだと思う人にとっては理解できないでしょう。
『ああすれば こうなる』と考えたこと行動したら結果こうなる(考える×行動=10割結果)間違ってない?
感じること考えるが自然な流れではないでしょうか?(感じる変換考える×行動=3割)上出来!!

2007年12月22日

「脳と人間   茂木健一郎」

脳には取扱説明書がない、説明書がないまま使わねばならない、
だから最近、脳に関心が集まる。

脳の記憶においてはインタ-ネットには追いつかない。
しかし脳には二つの働きがある。
1)創造力---新しいことを生み出し、新しいことを発想する力
      創造力=体験×意欲
      意欲=欲望のエデュケ-ション(教育)=本物を見ること、触れること。
2)コミニュケ-ション能力
 会話はその場の即興的脳の働きだ。

さて、創造力はなぜ人間が持つようになったか?
答え---人間が生きていく上で何が起こるかわからない、
簡単に言えばこの不確実性を乗り越える過程で、
人間の脳は創造性を獲得した。自然に!!

その脳がどのように対応してきたかというと『感情の働き』であった。
感情の力=知性+感性+意志力

何かが起こったとき、普通は、計算したり、
理論的に考える頭のよさ=理性と思われてきた。

そうではなく、感情の力です。直感であり、ある種のインスピレ-ションによる。
人間の脳は理性で成り立ってるんでなく、感情こそが人間の脳の本質といえる。

さて、もうひとつ疑問を解くと、
創造力=体験×意欲
体験が多いのは年寄りだ。すると年寄りが創造力が多いはずだ。
でも違う、意欲だ、意欲は本物を見ることだ。触れることだ。
欲望を自分で教育することだ。

岡本太郎が『芸術は爆発だ』といって、
若き時ヨ-ロッパの芸術家にじかに触れ、本物を見てきた。
また、モ-ツアルトは早い時期から演奏の現場で本物に触れていた。

みなさんいかがです?茂木さんの解説!!

どんどん、なぞが解けて行きそうに感じるのは私だけでしょうか?

2007年12月21日

「安岡正篤の言葉」

『知識、見識、胆識』

安岡先生は知識を見識から胆識にまで高めろとおっしゃってます。
知識----物事について明確にいろいろ知ってること、理解してる内容(認識)

見識----しっかりした判断力意見

胆識----胆識という言葉は辞書になく、
      胆---肝っ玉EX胆が据わる(物事に動揺しないようになる)
     ようするに、人間の下腹部に力が入って、何事にも堂々と対処することだ。

意味はわかるが、どうすれば胆識になれるか、
自分で行動できるかです。
先日、稲盛和夫さんが以下のように説明されました。

知識・・・この段階はものごとを理解し、良し悪しがわかるということで、行動がない。
見識・・・知識+信念=見識、すなわち自分を信じ利己心を払拭し利他に徹する信念がいるんです、行動がない。
胆識・・・見識+意志力=胆識、信念を持って更に高めるには、志(目標、たとえば富士山に登るという具体的な)と、それを強く強く思う意がいるんです。意志力です。

ころころ変わる『信念』に『志』を貫徹しようという意志力の弱さの持ち主が自分だ。
解ってるのに悩み迷うのが人間の人間たるゆえんだ。

みなさんは『信念』、『意志力』微動だにしませんか?

2007年12月20日

「中村天風の言葉」

『心の態度』

古いことわざに、『陽気の発するところ、金石また透る』というのがありますね。
この言葉こそ人々に、『まずその心を、どんな場所にも消極的にしてはいけない。
あくまでも積極いっぺんとうで人生に邁進せよ。
そうすれば、そこに、成功があり、成就があり、健康があり、長寿があるぞ。』
と思索している尊い言葉だ。

だいいち論より証拠です。病のときに心がもしも病に負ければ、治る病も治りません。
反対に、医者がさじを投げ、だんぜん治らないと決められたような病でも、
心が病に打ち勝ってるような、積極的精神の状態であると、その病が治らないまでも、
医者がビックリするほど、長生きするような場合が、しばしばあるものです。

それからまた、運命に虐げられた時でも,やはり同じ結果がそこに来る。
心がそれに打ち克てば、その人はその運命を乗り越えることができますけれども、
心が万が一それの負けてしまえば、その人は哀れびん然、再びその運命から立ち上がることができない。
何のことはない、自分で落っこちたら良いような大きな穴を掘って、
自分で落っこちているのと同じ結果を作ってしまう。

考えてみてください。心の態度がそうした大きな結果を、
よいほうにも悪いほうにも作るということを。

心の主人になってますか自分の?

2007年12月19日

「イチローの言葉」

「やってみてダメだと思うことと、最初からダメだと思うことでは、
 全く意味が違っていて、僕はその可能性の部分を、ひろげてもらいたい。
 子供が僕のマネを慕って良いと思う。僕だって、子供のころは、
 彼らと同じように少年野球のユニフォ-ムを着て、プロ野球選手を、
 目指してきたわけですから。何も当時から特別な少年だったわけではないんです。」

『真似る』から『成りきる』へ脱皮したのがイチローです。
よく営業マンのための講演で話される言葉に『守、破、離』
というのがあります。最初は真似です。次はそれを自分のもの死するときに破る、
言い換えたら、教えてもらった、親なり先輩に反抗するんです。
そして子供が卵から孵化するように自分流を作る。
これを何度も何度も繰り返し、人物ができてくるんだ。

何回孵化しました、どんな分野に挑戦しました???

2007年12月18日

「キ-ワ-ドから読み取る日本人のアイデンティティ-」

『キ-ワ-ド』

1980年代    家、車、旅行
1990年代    時間、お金、健康
2000年代    情報、グルメ、癒し

時代の流れを言葉で感じたら、こんなキ-ワ-ドを思いつく。
今携帯電話に3万も払ってないですか?ネットにお金いくら使ってますか?
ちょっといいもの食べ歩きしていませんか?岩盤浴行ってますか?
時代に遅れないように、情報の鮮度を競ってませんか?
情報がいっぱいになって、溢れたら情報から開放されたく癒し求めてませんか?

知らなくてもいいことって一杯あるんです。
もっとも大切なのは、情報に振り回されるのでなく情報を使いこなす主体性だ。

ところが、目標があいまいで、自己表現ができず、
主体性が持てなくて悩んでるのが現代人だ。

主体性とかアイデンティティ-は欧米流の個人主義的価値観でなく、
日本人にとって、世のため人のために役立つ自分こそが自分のアイデンティティだ。

個人と他人が分離していなく、表裏一体なんだ。
仏教ではこれを『自他不二』というんだ。
自分は他人によって支えられ、他人のことを感謝する自分も自分なんだ。
相互扶助になってるんだ。『お互いさん』という言葉があるように!!

感謝される存在も自分の存在で、感謝する存在も自分なんだ。
だから、『ありがとう』を一杯集める仕事をし、
『ありがとう』と一杯言われ感謝される自分が好きなんだ。
小林正観さんは『ありがとう』15000回言ったら、奇跡が起こるという。
ほんとか嘘かよりも、15000回数えるんだが、
最後までいったことがないので証明は出来ない。

ワタミの渡邉社長の企業キワ-ドは世界中の『ありがとう』を一杯集めることが理念だ。
飲食店からスタ-トして、今は介護事業も始めてる。

働く目的は、いかに自分が役立ってるか?
感謝される存在かに生きがいを感じるんだ。
でも手段としてのお金も大事だ。表裏一体だが、何よりも目的が一番大事。

欧米人にわかるかな?日本の心の文化!!
皆さんはいかがでしょう。

2007年12月17日

「宮崎哲弥さんの民主主義について」

『民主主義は制度の骨格が自己統治です。
 自分のことは自分で決め、いったん決めたらしっかり守る。
 それが、国や社会にまで拡張したのが民主主義、
 
 国家の場合は個人と異なり、決め事は『法』という形で公示する。
 『法』は自己統治の証文みたいだ。
 社会は人為的なシステムです。やる気になれば変えられる。
 変えられる意識がむしろ社会の持続性を保証する。』

 理性的には明解だ、
 でもどれだけの人がやる気になって変えようとしてるか?
 制度の中で不自由になって、自分を表現できず、
 流されてるのではないだろうか?

 日本文化は伝統的に『和をもって尊し』『謙譲の美徳』『惻隠の情』
 といった、人間の内面を支えに生活が成り立っていた。

 物質を否定してるのではない、大切にする心こそ大切にしてきた。
 いかがでしょうか? 

2007年12月16日

「『信念のある理想』中村天風」

   『信念ある理想』

現代の人間たちは、なにか自分が思っていた、考えついた、
やってみようかなあという気持ちの出た事柄が長続きしない。
長続きしない理由の第一は、思ってみたものの、考えてみたものの、
やってみたものの、どうもうまく行かないから、『もう俺はあかんわ。ダメや』
こういう風に思うからいけない。それは理想じゃなく、ただ夢見たいな、
うわごとみたいな気持ちを心の中に描いただけだよ。

理想には信念が必要なんです。

信念がつかないと、どんな故障がでようと、
文字どうり万難を突破してもその理想の完成成就へと勇猛邁進しようとする力が、
分裂しちまうんだよ。
ところが信念が出ると、理想の完成成就へと、
勇猛邁進させる力がその心にひとりでにもたらされるというより、ついてくる。

案外、理想もなく生きてる人が多いのだぜ。
何か理想があるように自分でおもっていても、
それは理想になってない。
ただ、ああ、あったらいいなあ、というような考え方だけしかない。

それは理想でなく欲望だもの。

人生を日々、極めて有意義に生きようとするのは、
常に自分の人生理想を明瞭にその心に描いて、変えないことです、

チョコチョコ変えちゃダメだよ。
                   中村天風

理想と信念は表裏一体ですね。
二宮金次郎流に言うと『理想のない信念はたわごと、信念のない理想は罪悪』

今世の中は、理屈が一番の世の中、理性が正しいと思い込んでる世の中、
なんでも科学的という人が正しいと思ってませんか?
人間らしい感性(愛情、思いやり、忍耐、恥)とのバランスが求められてるのではないでしょうか?

皆さんいかがです。

2007年12月13日

「芳村思風語録」

「短所や欠点は、なくさなくていいんだよ!!
 『臆病』ということは『慎重。堅実』でもあるんです。」

人間は不完全です。どんな人間でも長所半分・短所半分なんです。
欠点・短所、なくなりません。長所ばかりの人、短所ばかりの人はいません。
『私は気が弱い』・・・いつもどんな時でもそうですか?
自分では、短所と思っていることでも、相手や場所・状況や見方によっては、
長所になることだってあるのです。
光には影、表と裏、善と悪・・・・どんなものもバランスです。
短所はなくならないし無くす努力はしてはいけません。する必要がありません。
短所はあって当然。短所があるから謙虚になれるのです。
長所をとことん伸ばせば、短所は愛嬌になり、人間味になるんです。

自分を完全主義者にしていませんか?
誰にもドン突かれないように生きてませんか?
楽しくない人生は長く続きません。
自分から不完全を認め楽しく目標達成しませんか?

不完全だから努力するのが楽しいのですね!!自分の成長を実感できるから!

2007年12月09日

「利己心と利他心」

人間の遺伝子は利己心です。(稲盛和夫京セラ会長)
こうおっしゃってます。

利己心とはどんな中味か?

1)欲張る心
2)怒る心(にくしむ)
3)ねむる心(鈍感、怠ける)
4)おそれる心

利他心とはどんな中味か?

1)お役立ちの心
2)許す心(事実を受け入れる)
3)行動する心(敏感に感じ、努力する)
4)立ち向かう心(勇気を持つ、志を立てる)

1)自分の利己心を持ってはいけないと誤解してる人がいます。
2)利己心に目を向けて、捨てることに努力したり、
利己心を無くすことに修行と称して行動する人がいます。
3)利己心を肯定してダイレクトに利己心むき出しのわがままでいいと勘違いする人もいます。

上記の3つは誤解です。
しかし、利己心がなければ行動のエネルギ-と主体的な態度、が生まれないのも事実です。
だから、利己心を肯定するとこから始めるのが人間らしいのです。(相手の利己心も)
人間は1)欲張りで、2)いかりっほく、3)怠け者で鈍感で、4)怖がりで、すぐおそれるんです。
これが自分を発奮するエネルギ-となるんです。(自分を愛せない人が人を愛せません)

呼吸をイメ-ジください!!!!
吸うのです利己心というエネルギ-、一杯すってください。すると自然と吐きます。

問題は吐き方です。吐く方向です。(ここポイントです)
吐くときに化学反応を起こさなければなりません。(変換するんです)
吸った息をそのままはくのでなく、
利他行で吐くんです。
1)お役に立つ行動
2)なんでも必然(理不尽も理屈があってても、
いいかえると自分にとって良くても悪くても)と受け入れる心
3)コツコツ凡事を諦めないで努力し行動するんです。(怠けない)
しかし早くとあせったら欲張りに引っかかりますから、途中下車しながら!!
早々、集団ですから集団のリズムも無視出来ないリズム感がいいですね。(息が合うなんていいます)
オッパッピ-!!!!!!!!
4)勇気は、自分の利益を2番にすることで出てきます。
世のため人のために行動するんですから自信があります。
恐れがでてきたら自分のためになりかけてるときです。
注意が必要です。

こんな整理の仕方はいかがでしょう!!!!!

2007年12月08日

「いい加減は『おかげさんの心』から」

お風呂の湯に入るときに、『いい加減や』とか『いい塩梅』といいます。
風呂の温度が冷たくもなく熱くもない状態を言うのです、
『いい塩梅』も塩と梅酢の加減で、絶妙な味を出すことから、
風呂の温度にも使われてるんです。


いい加減には、二つの意味があります。
1)適切で適度、
2)行き過ぎたときも使います。これは否定的な使い方です。
具体的には『いいかげんなこと言う』『いい加減に寝なさい』
ともに加減を超えたことを言ってるんです。

さて、日本人は総じてまじめな農耕民族です。
何事においても極めるというように『道』を目指します。
これはすばらしいことですが、人間は機械ではありません。

自分の体や精神をとことん使いすぎると病気になります。
呼吸のように、足したり引いたりしながら使うのがいい加減です。

でも夢中になると途中でやめれなくなるのも人間のクセですが、
体と心の健康は『いい加減』を自分でコントロ-ルすることでしょう?

その自分のことが一番解らないのも事実です。
時間の使い方や仕事の段取りでの創意と工夫で3倍4倍こなしても、
体と心を整えながら、緊張と緩和の加減忘れずに、
楽しい一日過ごすのも、『おかげさんの心』から!

2007年12月07日

「あいづっこ宣言」

あいづっこ宣言

 一、人をいたわります。
 二、ありがとう、ごめんなさいといいます。
 三、がまんします。
 四、卑怯なふるまいはしません。
 五、会津を誇り年上を敬います。
 六、夢に向かってがんばります。

 やってはならぬ
 やらねばならぬ
 ならぬものは ならぬものです。

 会津は白虎隊で有名ですね。
 ここは教育熱心な藩で、日新館という、5百石以上の子弟を教育した塾があります。
 武士の心と体と教養を鍛えるところです。
 今は知育に偏って、スポ-ツマンシップや茶道や華道に形としてある、心の学びが
  出来ません。
 知育の地理や数学、歴史も学びますが武士道という精神が中心でした。
 こんな教育体系をもう一度しっかり実行して、
 背骨のしっかりした人間形成ができる風土を期待したい。
 会社でできるのは限られてるが、明日の日本のために志のある人物を育てる。

2007年12月05日

「個性とは。玄有宋久」

西洋では古代から理性や知性への信仰がつよいため、
あるべきようにあるはずだ、という信念が『人格』や
『性格』を産み出してきたのだと思う。

そしてその微妙な違いを『個性』と呼んでいるのだろうか?
また人間の精神状況にも『正常』があり、それを外れると『異常』
とされ、その人でなくなる。

『個性』とは、いわば『正常』と許される範囲内でのブレではないだろうか?
この違いに目を向ければきりがなく、比較は常に争いを生んできたのである。
インドで言うア-トマン(個我)はブラフマン(梵)という宇宙的真理の個々における発現であるので、
『個性』とは違う。むしろ無数の人間に同じものを見ようという立場だろう。

仏教では良い人や悪い人がいるのでなく、状況によって良い人にも悪い人にもなるという、
人間観である。ここで言う『状況』は本人の生活習慣である。
だから個が無い(没個性)が個性である。だから日本語には、はっきりした主語がない。

日本人に今うつ病が多いのは、仏教観による没個性という個性があるのに、西洋的個性がないのを苦しむ。
西洋的にはっきりした個性を持たないと自分が喪失したようになってしまうのです。

    『個性』あなたは西洋的ですか?
        あなたはインド的ですか?
        あなたは仏教的ですか?

こんな風に文化的に個性を考えたことありますか?

2007年12月04日

「祈り・作者不詳」

『大きなことを成し遂げるために、力を与えて欲しいと神に求めたのに、
 謙遜を学ぶようにと弱さを授かった。

 偉大なことができるように健康を求めたのに、
 よりよきことするように病気を賜った。

 幸せになろうと富を求めたのに、
 賢明であるようにと貧困を授かった。

 世の人の称賛を得ようとしてせいこうをもとめたのに、
 得意にならないようにと失敗を授かった。』

   ニュ-ヨ-ク大学 リハビリテ-ション研究所の壁に残された作品

 目の前の現象をありのままに受け入れられない人は、
 否定的な言葉を好んで使います。
 ありのままを素直に受け入れる人は、
 感謝の心を形にした『ありがとう』の言葉を普通の人より多く使って、
 信頼の輪を広げていかれます。

 自分にとって良いことも悪いことも『必然』と受け入れる心を素直な心という。
 出来てるかな自分、感謝と恩返し!!!

2007年12月03日

「てんとうむし・荻原貞子」

『垣せねば 皆わがものや 雪の山』

仏教では『自他不二』と言います。
わたしがあるから主体的です。
主体的だから垣根が出来ます。みんな違うのです。

垣根を無くすとはどうすることか?
荻原さんは『感謝の少ない人は、他の人の苦労や、苦しみがわからないので、
すべてお金で解決して、逆に自分がお金に苦しむ破目になリ、
いつも人を良し悪しで評価する人は、自分が評価されるのが怖く、
他の人からの評判や評価を苦しみ、世間の人への選択肢を狭くして善意を失っていきます。
感謝は返謝で完成するのです。必ず自分が投げたものが返ってきます。
人を信用しない人は、人から『信』が得られません。
なぜなら自分にとって都合のよい利を選ぶクセから抜けられないからでは、と思います。

『利よりも信を選ぶ』その大切さと勇気を、子供たちに伝えたい。
人の喜びこそ、わが魂の救いです。
心の目覚めがないと、魂を救うチャンスは少ないのではないでしょうか?』

こう、かかれてます。