2008年08月07日
「娘との会話」
21歳の娘と話していたら、「私はマザ-テレサのようになりたい」と理想を語ったかと思うと、
突然「私は天動説でいいと思う、自己中心だといわれても!」
ビックリしてその真意を聞いた。
「自分がなにが出来て、何か他人に与えるものがあるのかもわからない、
だから貪欲に自分の好きなことしたい。」というのだ。
自分の殻を破りたいのだろう?
「自己責任の範囲なら何をしてもいい」と答えた。
太陽が止まっているのか?地球が止まっているのか?
宇宙の法則はどちらかはどんな人に聞いても答えは太陽と答える。
この事実が発見されたのは1543年5月23日で、人物はコペルニクスだ。
ところがキリスト教の支配が強かった当時の世の中で、
教会を敵にまわすのは勇気と覚悟がいった。
そこで、『天体位置の簡易計算法』とし発表し難を逃れた。
彼の死後100年をへてガリレオが宗教裁判にかけられ否定されたのが歴史だ。
人間の一生もまた同じだ。
何にも知らない純粋無垢に生まれ、あらゆる知識がついていき自分というものを形成する。
損得や好き嫌い、善悪、美醜、正誤といった分別の価値観だ。
それは人間のエゴ(利己心)を作り出し誰とも違うことが個性であると思い込む。
まさにプトレマイオスの天動説で自己中心に考え周りが間違ってると思う価値観だ。
しかし、歴史的にはこの自己が確立しないと地動説に転換しないのも事実だ。
地動説はまさに「自分で生きてる天動説」とは全く逆の「自分は生かされてる」という発想だ。
しかし、社会の常識という壁を突き抜けないとガリレオのようになる。
ここが最大のポイントだ。
天動説は自分が楽しまなければ喜ばなければ面白くないという発想で、
周りの人を楽しませ、喜ばせなくては面白くないという発想にならないのだ。
逆に地動説は周りが先だからエゴでなくアガペ(与える愛)利他行が一番にくるんだ。
実際にこういうことが出来る人がいるのか?また自分はできるといい切れるのか?問われたら、
親も今修行中としかいいようがない。できますといい切れない。
しかし、思いっきり利己心で吸収する時期がなければならない。
そこで学んだことや対立して苦しんだことが物心両面の財産となり、
利他行の原動力となる。
娘よ!「志高く貪欲に自分を作れ、対立や失敗を恐れるな!!」すべては自分に還ってくる。
自分を振り返って、青臭い理想論を応援してくださった仲間、先輩や先生がいる。
本当に人に恵まれていたと実感する今日この頃だ。
天動説から地動説へが人間の飛躍だ。
皆さんはいかがお考えですか?














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