2008年08月10日
「伊 行末(宋の石工)の技術と心を未来へ」
日本の石工技能は1181年の東大寺復興の石工 伊 行末にある。
1)なぜ日本に来たか?
2)石は国産化?
この二つの疑問を解き明かす会議が奈良で行われた。
発表者は日本石材産業協会、墓石部会顧問の服部 仁先生だ。
『東大寺石獅子をめぐる研究会』という学術的な会合での発表だ。
正解は今調査中だが、ほぼ考えられる仮説の証明の話だった。
1)なぜ日本に来たか?
北宋が1127年に滅亡し、石工たちは南宋へ南下し,今の寧波(にんぽう)近くに移住し、
南宋の御陵前の石造物を作ったという。そこへ東大寺復興の立役者重源が石工を頼んだ。
『東大寺造立供養記』に、――――宋人六郎等四人造之。と記されてる。
この四人の中に伊 行末がいた。
2)石は国産か?
これも同じ『東大寺造立供養記』に国産では扱いにくいのでたくさんお金出したという記録がある。
推測からすると、多分現在中国寧波市の市街地から30キロの『梅園石』という凝灰岩だという。
こんな発表だった。
この技能が鎌倉期は明王信仰に因る魔涯仏へ、戦国時代は築城技術、
さらに室町期は庭園技術へと伝承され現代に受け継がれてる。
このすばらしい技術の伝承と石に魂が宿るという日本人の心を未来へ引き継ぎたいものだ。
みなさん技術と文化未来へどう引き継がれてますか?














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