2008年08月18日
「人材育成に思うこと」
『人は石垣人は城』といったのは武田信玄だったと記憶する。
仕事もまた人材が宝であることは間違いない。
金子みすずの詩「わたしと小鳥とすずと」
『わたしが両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
とべる小鳥はわたしのように、
地面を早く走れない。
わたしがからだをゆすっても、
きれいな音がでないけど。
あの鳴るすずはわたしのように、
たくさん歌は知らないよ
すずと、小鳥と、それからわたし、
みんなちがって、みんないい』
最近の教科書にこの詩が掲載されてる。
個性教育という意味なのか?
人間としての共通基盤を共有しないで、
一人づつが違うことが正しいと思えるような風潮を感じる。
仏教に「依法不依人」意味=法に依りて人に依らず、ということだ。
法とは仏法の教えだ。
ではキリストは、イスラムはダメという狭い宗教観で引用したのではない。
宗教の根本は『愛、慈悲』といろんな表現はあるが戦うのでなく、
平和を好む教理という意味で同じと解釈している。
そこで、仕事を発展させるには、人材育成こそが要であることは先にも述べた。
その良し悪しが集団として協力体制を築き、人は石垣になり城になることを可能にする。
すずと、小鳥と、わたしは違うことは事実だが、
人間は自然の一部の能力を持つ共通基盤と風土(環境)があって、
その上で花咲く花の違いがあるならすばらしいと考える。
先日上司が部下の違いを認めすぎ、
相手に合わせて対応をするような指導をして、
部下に機嫌取ることが指導だと考え違いをしていたので、
法=理念(ビジネス界)に照らして叱ったりほめたりしない上司に苦言を呈した。
ビジネスの世界は具体的で現実的だから、
『法』を伝えるのは、間違いを犯しやすい人間がするので難しい。
上司と部下の間も信頼関係が無ければ、うまく伝わらないのも事実だ。
私流だが『法』を理念(理想)のものさしと考えている。
だから個性を認める前に、この共通基盤と風土(環境)が上司と部下の共通土俵なんだ。
ここを『目あわせ、時あわせ、心あわせ』しないとコミニュケ-ションができない。
たとえば、日本人なら日本語で話し、
ドイツ人ならドイツ語で話すという言語の共通基盤があるのと同じだ。
『依法不依人』という言葉の真意も人間は間違いを犯しやすいことを、
上司も部下も肝に銘ずれば、その関係が豊かに発展進化するということだ。
人間のちっぽけなプライドや自分の価値観を強固に主張しすぎると、
学んできた『法』=理念(理想)が活きてこないのだ。
仏法でいう『法』という共通のものさしだが、
仕事や集団では理念(理想)を共有することが人材育成の基本だと考える。
みなさんは人材育成いかがお考えですか?














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