2008年08月25日
「法事」
24日の日曜日、兄の7回忌の法事が行われた。
平成14年の8月30日に咽頭ガンで亡くなった。
兄は手術を拒否し、ガンの発見から1年で亡くなり、
戦中育ちで長男、我慢強く男気のある性格の人だった。
近所の西願寺の住職が浄土三部経を読経下さり、
いつもはそれで天気の話ぐらいで終わるんだが、
70余才になられ、人間について感じることがあると、
四苦八苦の特に『怨憎会苦』と『愛離別苦』について話され始めた。
檀家総代さんの健康談義に1)朝の散歩から、2)栄養補助食品、3)風呂の入り方
などなど聞かせてもらったが、『死ぬのは誰も時期はわかりません』と水を差すように答えたら、
怒って帰ってしまったそうだ。言いたかったのは人間の執着だ。
そこで、人間はどんな人も二つの執着を持つ、
一つは『死にたくない』
もうひとつは『幸福になりたい』だ。
だから迷い苦しみの道になると話された。
ではどう考えれば良いのかなと思っていたら、
「みなさんはね!!」と始まり、「生き方を探す」からだとおっしゃった。
そうではなく「死に方を決める」ことだと言われる。
笑顔で死ぬ、感謝して死ぬ、みんなの役に立ちつづけ死ぬ。
ここを決めるから、今の生き方が決まる。
死に方がないと他人と比較ばかりして、あれがいい、これがいいと迷う世界に突入だ。
幸福もそうだ、今すぐでも手に入るといわれる。
それは日常の変凡なことを楽しむことだ。ご飯をみんなで食べる。
風呂に入る、家を掃除するといった、ごく普通のことに感謝する。
たとえば病気になってベットで寝てると考えて見なさい。
息することも、歩けることも、口が動いて食べること、こんな平凡なことに感謝する。
すると今すぐ幸福になれる。
欲を言ったらキリがない。
まだまだあったが、覚えているのはこのぐらいだ。
お寺さんのお説教が聴けて、新たな気持ちになれた一日だった。
みなさんはこんな話、どこで聞かれますか?














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