2008年11月30日
「芳村思風さんの言葉」
感性経営を指導される芳村思風さんは奥が深い。
愛とは「どうしたらいいのだろう」と、よりよい方法を探しながら、
悩む心、考える心のこと。
その揺れ動く心が愛である。愛は結論でなく心遣いです。
さて、わたしはこの解説が奥深く哲学的だと考える。
というのも、仕事そのもののとらえ方や、
仕事上のお客さんとの関係や部下と上司の関係に置き換えることができるからだ。
思風さんによると、
「どうしたらよいだろう」と問うのが感性であり、問い続けることが愛なのです。
「こうしたらいい!」と答えるのは理性。
答えを持つことは大切。でもその答えに縛られないこと。縛られると対立する。
理性は縛られると違いを受け付けない。成長も止まる。
「こうしたら喜んでもらえる」と思った瞬間。押し付けになる。
受け入れなかった時「こんなにしているのに・・・」となってしまう。
どうしたら相手に喜んでもらえるか、努力している姿に愛があることです。
人間を愛するということは、短所を含めて、不完全な存在を愛することです。
愛は、結論ではありません。
理性に縛られず、理性を手段能力として、『問い』続け、努力し続けること。
相手のことを思い続けることに愛がある。
私流だが、この理性と感性を二宮尊徳流に「感性なき理性は罪悪、理性なき感性は戯言」
と置き換えて考えると、一つ一つの事実にハイブリットな判断が要求されるということだ。
現実は答えが用意されているのでなく、
その場で自分が判断し、やってみるのだ。
判断の良し悪しは事実が判定してくれる。
だからわからない未来が楽しいのだ。
愛についての基本はマザ-テレサの『愛の反対は憎しみではなく、無関心だ』
みなさんは芳村思風さんの言葉いかが考えられますか?














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