社長ブログ

大阪石材株式会社 伯井です。

2009年03月30日

お不動さんも仏様

お不動さんを持ってきたのは弘法太師だそうだ。
あの醜悪な形相は勝手に作ったのではなく、
お経に基づくのだ。

右手に利剣という諸刃の剣、これは仏の智慧の意味だ。
左手は羂索(けんじゃく)という縄を持ってる。
世の中の道理を知らないものはフン縛るということだ。
身体は青黒色で怒りの相をし、柔和とは程遠いが仏さんだ。

この姿を見ると、幼い頃いたずらして、母親が優しく言ってるのに、
無視している時に怒りだす形相を思い出す。

「もっと世の中の道理を解れ!」と母親は泣いてるのだ。
不動の片目は閉じ、片目は慈愛の涙に潤んでいるのである。

お不動さんは「慈愛の両相を現じ、順逆の二機に応ず」といわれる。
叱るにしても慈愛の気持ちを忘れないことだ。

凡人である自分は利己心で叱ってるのか?
ほんとに慈愛(利他心)を持って叱かってるのか?
「動機善 私心なし」であるか自問自答する。

100年に一度の恐慌の日本に必要なことは、
お不動さんの働きの慈愛であり利他行の実践だ。
今こそ、お不動さんのように慈愛を持って、
自他に叱る勇気を持つときではないか。

皆さんはいかが考えられますか?

2009年03月28日

天職発想・船井幸雄

「われ十有五にして学に志し、三十にして立ち、
 四十にして迷わず、五十にして天命を知り、
 六十にして耳順い七十にして心の欲するところに従たがえども、
 矩をこえず。」

   論語・孔子
さて、仕事を天職として迷わなくなり確信を持ったのは四十だった。
それまでは、困難や苦しいことにぶつかると、
自分にはもっと向いてる仕事があるんではないかと悩み、
自分に仕事を合わせようと、もがき苦しんでいた。

いつの日か忘れたが考え方を切り替えてはどうかと思い、
逆に仕事に自分を合わせることにしたら精神的にも楽になり、
仕事を深く探求し、学ぶことが面白くなった。

たぶん、孔子も四十のときに、
このまま学問をして立身出世できるかを考え迷ったからこそ、
「四十にして迷わず」と書いたのだろう。
ところが、五十になっては一切の迷いを断って、
今まで学んだことを活かす覚悟ができ、
自分の天命に従うことにした。

船井総研の船井さんの言葉に、
仕事を「心から取り組みたい」ことに変えるコツがあるといわれる。
それは「天職発想」することだと断言する。

五十にならなくても、
「天職発想」すれば持続する力が出てくるそうだ。
イチローや、松井はそうだ。

一流といわれる人は年齢に関係なく、
また、どんなに苦しいことがあっても、
「天職発想」で持続する意志の強さを持っている人だそうだ。
トコトンやりぬくのが先か?
天職発想する意志が先か?
どっちか迷うのが凡人かもしれない。

もし、「天職発想」がなかったら転職することになるのかも?

みなさんは「天職発想」してますか?

2009年03月26日

チェンジ(変化)

今この言葉が必要なのは日本だ。
アメリカ大統領になったオバマは「YES WE CAN」と、
民衆とともにチェンジしようと呼びかけた。

キング牧師の「私には夢がある」という演説は人種差別への希望だった。
もちろんアメリカ自身が作ったファンドの結果の世界的恐慌だから、
反省も込めて議会も大統領も厳しく金融会社と戦って、
より良い社会にしようと明るく前向きだ。

ところが日本のチェンジ(変化)は変な人や変な社会という否定的な変だ。
先日、知り合いの書道展に行った、坊さんの息子だけあって襌語が多くあった。

その中に「窮而変、変而通」窮して変じ、変じて通ずと読む。
俗に「窮すれば通ず」というやつだ。

人間はとことん困ったら、事態を打開するものだ。
心配することはないということになる。
困窮したときに智慧を神から与えられる。

さて、一昨日のWBCベースボール大会で世界チャンピオンに日本が連覇した。
延長10回の表。ツウアウト、ツウストライク、ツウボール、
ランナー一塁三塁でイチローがセンター前ヒット、二点得点で5対3で勝利した。

まさに同点で追いつかれ困窮したその時、
「神が降りてきた」とイチローが評したように、
ヒットの智慧を授かり身体がチェンジし動いたのだ。

みなさんは良い意味のプラスの変化されてますか?

2009年03月24日

アダム・スミス=国富論

国富論では「真の富は金や銀ではない」
ではいったい何か?

「どこの国でも、その国の国民が行う労働こそが生活の必需品を生み出し、
生活を豊かにする利便品を造る、国民が年間に消費するすべてを生み出す源泉である。」

このように働くことが豊かな社会を作る原動力だというのだ。
生活のために必要な価値(使用価値)使って役立つものを造ること。
そのためには何か技能がなければならない。

交換手段のみしかないのが貨幣だ。
この金や銀を追っかけることをやりすぎたのが、リーマンショックだ。

「豊かさ」とは創意工夫して道具ややり方や原材料のあり方を考え、
工夫して行動することで、必需品を生み出し利便品を造ることだ。

アダムスミスの時代と違って、インターネットの発展した社会では「モノもサービス」だけでなく、
仕事の仕組み、組み合わせ(コラボレート)や情報も、
鮮度のいいものが好まれ高度な創意と工夫がいる。

また、一方ではスローフードやスローライフを好む人もいることも事実で多様化してる。

そんな需要に必要な「モノと事」を一生懸命働いて生み出しませんか?
ますます、創意工夫を楽しむチャンスが到来してエキサイティングだ。

皆さんは交換手段のみのお金、追っかけますか?
みんなに役立つ、使用価値(使いでのあるもの)を造ったり使ったり、創意工夫楽しみますか?

2009年03月23日

存在することは変化すること

山崎努さんという役者さんは御存知でしょうか?
亡くなられた伊丹十三監督の作品に良く出ておられた個性的な俳優だ。

彼は「存在することは変化すること」こういうのだ。
「役は演じた途端に腐ってくる」という。
役者が演じる役は演じた瞬間が一番いい。

どう演じるか?問うと、
「変化し続けること」と答える。
正解という答えはない!!!

なぜなら、彼は演技をパラシュートとに喩え、
高い空から地上めがけて落下するパラシュートは地上に落ちた瞬間ただの布だ。
しかし、大空を飛び回る間が人とパラシュートと大気(風)が共演する演技だ、
二つとして同じ形(演技)はない。

存在するとは、
地上に降りてパラシュートが一定の形に固まってしまうことでなく、
変化し続けてることだそうだ。


大空の高度がその人の役者の寿命だ。
高度100歳、高度75歳、人によって違うが、年相応の役ができる。
季節により風の吹き方も違い、
個々人の体重があるので落下のスピードも異なり変化の形も違う。
さらに、偏西風に乗れば西へ流さ、着地点もさまざまだ。

デカルトは「われ思う故にわれあり」といい、
マルクスは「存在が意識を決定する」ともいった。

存在することも意識することも普通の人にとっては生きることだ。
どちらも不可分だし、上下や左右がなく同時だ。

仕事人、父、夫、母、妻、嫁、子供、人生には何役もあるが、
地上で固まるパラシュート(死)になるまで、
何役も変化することを楽しめるのがいい。

ところが人間は生きる目的を逆に考えて、
変化しないことを望み求め、
安全や安定が良いことだと思い込んで苦しんでいる。
これは寿命を自分で決めるのと同じことだ。

「馬鹿は死ななきゃ直らない」昔からこんな言葉がある。
解ってるのにいつも同じ間違いを犯すのが、
人間らしくていいと納得する今日この頃だ。

皆さんはいかが考えられますか?

2009年03月21日

太陽=人間の理想(志)

塩川正十郎さんこと塩爺の話を聞く機会があった。
彼の発言で有名な話に省庁の埋蔵金を評して、
国の財政が逼迫してるのに「母屋ですき焼きを食べておる」と皮肉った。

関西人特有のズバッと表現するがひょうきんな口調で憎まれない人柄だ。
そのときの話は世界が官僚型民主主義か,民衆型民主主義か、
伝統を重んじるか、開放的か?
自由経済か、計画経済か?で世界は立場や発展段階が違うということだった。

さすが、政治家だと思った。彼はさらに付け加えたのは、
「最近の政治家はこんな根本的な考え方を議論しなくなった」
政治家は民衆に迎合する振りして、官僚が好き勝手やってるというのだ。
しかし今後、必ず軌道修正され発展するのだろうということだった。

鎖国から開国し明治を生み出した志士達は吉田松陰塾の人が多い、
松陰が塾をやったのは2年ほどだが、
弟子が来ると必ず言ったのは、
「教えることは出来ませんが、ともに講究していきましょう」だ。

一番教師は誰からも学び、誰よりも学ぶ人のことだ。

個々の人間が宇宙のひとつの星だとしたら、
それは太陽の光と熱を受けて、
1)生かされてる存在だ。
2)太陽を完全無欠の不老不死の存在として学ぶ理想だ。

松陰は時代を開くべく、密航を企てたりして理想の国つくりを夢見たのだろう。
その意味では明治の志士達の太陽であった。

太陽には裏表がない、
その光(智慧)と熱(愛情)を浴びる星(人間)には裏と表ができる存在だ。

人間にとっては太陽のような存在こそが理想であり、
自分の長所短所を自覚する「ものさし」でもある(客観化)。

人間である以上は太陽になれないが、
理想(志)という太陽がないと生きれない存在であることも事実だ。
理想(志)は人間の光(智慧)と熱(愛情)を引き出す原動力にもなる。

お釈迦のようにすべての欲を捨て、
与えることだけができるには人間には時間と体験と修練がいる。

修練(努力)することによっては太陽の働きができる。
しかし、個々の星達(人間)に軌道(方法)があるのが宇宙だし人生だ。
仏教では「南無阿弥陀仏」=ナムアミタ-パと読み=無量光、無量寿と訳す。

理想を性急に求め「現実とは違う」と捨てることでもなく、
現実は汚いものだと決め付け、現実に埋没しエゴに徹し、理想をないがしろにすることでもない。
現実的に光(智慧)と熱(愛情)を具体的に働かすことで、
相手(周りの人々)や環境のためになり、
同時に自分の人生の軌跡ができる行動となるのだ。
お役立ちの行動(利他行)こそが修練の目的だ。

皆さんはいかが考えられますか?

2009年03月20日

莫妄想(ばくもうそう)

襌語で「莫妄想」=妄想する莫れ(なかれ)と言う意味だ。
単にこれだけ聞けば何の意味か解らない。

この言葉はモンゴルが日本を攻めてきた元寇〔文永の役、1274年〕の時に、
時の八代目の執権は北条時宗だった。モンゴルの使節団が、
1269年、1271年、、1272年と三度にわたり牒状を特使に使わしたが、
気に入らないと退けた。そこでモンゴルが1274年九州に攻撃をかけることになる。

その時、どうすれば良いか悩み、父の交友だった蘭渓道隆〔中国襌の渡来僧〕に相談する。
一喝の元に「莫妄想」と諭される。その時時宗23歳だ。

襌では「今・ここ・自己」と妄想を禁じる。
「過去を悔やむ無かれ、未来に先行き不安する無かれ」
大事なのは一瞬、一瞬だ。と言い切る。

そこで時宗も腹が据わって、フビライハンの孫クビライを迎え撃つ、
幸い悪天候で、その後の[弘安の役]も乗り切る。

若干20数歳の彼にとってはいくら準備しても不安が消えなかっただろう。
まだ見ぬ敵に妄想し[山よりでっかい獅子」を見たに違いない。


人間が生きるというのは「どう生きるべきか」が問題でなく、
「今、こうして生きてることにこそ価値がある」という教えだ。
つまらないと命を粗末にせず、他者の命を殺さないで生きてることが大事だ。
御釈迦さんは蟻を踏んで殺さないように歩かれたそうだ。

みなさんは妄想におびえていませんか?自他の命大切にしてますか?

2009年03月18日

「情熱のバラ」甲本ヒロト

甲本ヒロトはロックシンガーだ。
彼の「情熱のバラ」の歌詞に本質をついてる言葉を見つけた。

「幸せを手に入れるんじゃない、幸せを感じることのできる心を手に入れるんだ」

日本は1945年の終戦から、今日、世界第二位の経済大国になった。
その原動力は国民の勤勉さであり努力である。

廃墟の中から、物を作り、さらにサービスを開発し、
快適で安全な生活用品を産み出し、さらに品質を追及してきた。

それは魚を取り合いして、鯛がいい、鯵がいい、マグロがいいと品定めしているのでなく、
この恐慌を真正面から受け入れ、魚の取り方を再度工夫し、
取った魚を加工して世界へ供給してゆくチャンスと考えることだ。

まさに、幸せを直接取りにいくのでなく、
幸せを感じる心を持って、
世界に通用する品質の独自な「ものやサービス」を作り出し、
世界に供給するのだ。

今、アメリカ発信の100年に一度の金融恐慌が起きている。
世界中が責任のなすりあいをしているように見えるのは私だけだろうか?

日本人が再び「幸せを感じる心を手に入れれば」、経済的にも世界に貢献できる。
一方、世相は生きがいを失った若者や、派遣切りされた人たちのことで暗いが、
魚の取り方を工夫する技術が開発され、今取り組むべきは食料自給率100%を目指し、
内需に目を向け日本らしい「ものとサービス」を生み出し自国を活性化させることだ。
経済が活性化すれば若者はじめ、国民が明るくなることは間違いない。

まさに今は、「情熱のバラ」が咲き乱れるチャンスの時だ。

みなさんは「日本人の情熱」信じますか?

2009年03月15日

愛情の連鎖

憎しみは憎しみを呼び、中東ではイスラエルとパレスチナが戦争状態だ。
しかし、夫婦の愛の連鎖が他人の愛の連鎖を呼ぶ社会が来ないかと思うのは私だけだろうか?

入社5年になるK君のほんとにあった「愛情の連鎖」の出来事を、
皆さんに伝えたいと思ったのでこのブログに書くことにした。

平成18年に結婚、新居に移り、
奥さんもまだ子供ができないので職場に復帰することになった。

ところが通勤の原付バイクの駅前駐車場〔公設〕が二年待ちということで、
夫のK君が、駅周辺の止めてくれそうな家を飛び込みで探した、
12件目に、いいおじいさんと出会い駐車させてもらうことになった。

「ただでいい」といわれたが、菓子折りと5000円包んで持っていった。
もちろん「お金はいい」と、取られなく押し問答した結果受け取っていただいた。

その後三年経ち子供が出来、産休なので一時断りに行った。

今年になって4月から職場復帰するので、再度親子三人でお願いに行った。
今回も快く引き受けてくださり、一安心してた。

子供を見て、おじいさんが「この子はかわいい」と喜んでくださり、
「何もお祝ができないが」と奥から一通の通帳を持ってこられた。

「これが君からいただいたお金や、子供に何か買ったげて」と渡された。
3年だから15万ほどになる。

夫が妻への愛情から行動、そのことを感じたおじいちゃんは夫の行動に愛情を持って引き受けてくれ、
夫はそれでは申し訳ないと言う気持ちで5000円支払い、子供ができたと喜んでくれ、
おじいちゃんからお祝いとして「愛情の連鎖」が続いた。

愛情を持って善行をするということが、
次の愛情という善行の連鎖を生み出すものだ。

人間は憎しむことも愛することも、どちらでもできる存在だ。

みなさんはどちらの自分を行動しますか?

2009年03月06日

「「心も筋肉」・勝間加代」

「脳は筋肉」だと言ったのはソフトバンクの孫正義さんだ。 彼がアメリカにわたって英語を学ぶ時に、 脳も筋肉だから鍛えれば鍛えるほど強くなるといって、 英語の辞書を1ページづつ暗記したそうだ。 その後帰国して、翻訳機を開発し、 それをいろんなところに売り込んだ。 最後にサンヨー役員が買ってくれたのは億というお金だった。 そこから今のソフトバンクを創っていくのである。 この脳を鍛える練習方法には四つの力とテクニックがいる。 1〕集中力=タイムプレッシャーを自分に科す方法、たとえば、一駅で答えるというプレッシャー 2〕突発力=自分には難しい本を読む方法、たとえば、哲学書や経済学書、物理学書など 3〕創造力=過去の記憶を絵にする方法、ものまね方法、落語をそっくり真似する、絵に描く       〔創造することと思い出すことは似てるんです〕 4〕瞬発力=挨拶抜きで本題に入る方法、たとえば、具体的に前置きもなく語りだす。 これは自分の脳をレベルアップする方法だが、 一番脳を活性化させるにはいろんな人に助けを求めることだ。 周りの人の脳を借りることが自分の脳の活性化になる。 相談上手、打ち明け上手な人は知らず知らずのうちに脳のレベルアップをしてるのだ。 それに大切な性質は、自分の好き嫌い、損得、善悪で他の人間を決め付けないことだ。 どんな人もすばらしい能力を持ってることを認めることだ。 さてもっとすごいこという人がいる。 『心も筋肉だ』というのは勝間加代さんだ。 公認会計士でシングルマザーのウルトラスーパーウーマンで行動派で、 ウオールストリートジャーナルの世界の女性に掲載されたこともある人物だ。 なんと小さい時源氏物語を丸暗記してたそうだ。 彼女によれば、心がなえたら、筋肉を動かすことだというのだ。 人間はついつい心とは何かという深みに入って悩むこと、 苦しむことが目的化してしまう。 そうではなく、筋肉を柔らかくすれば心も柔らかくなるというのだ。 もっとすごい言葉がある。 「夫婦は共同経営」 「離婚は転職」 皆さんはいかが考えられますか?

2009年03月02日

「陶淵明の詩・雲無心出岫〔帰去来に辞の一節〕」

『策(つえ)つきて老を扶け以って流憩し、  時に首を矯(あ)げて游観す、  雲は無心にして岫(しゅう)を出で、  鳥は飛ぶに倦んで還るを知る』     帰去来辞より 岫=谷あい 山腹の洞穴からもくもくと雲をはきだし、 雲は無心にして沸き出で流れていく、 雲は全く無心です。 風吹けば風のままに流れ、行くも止まるも作意がない。 あっちがいい、こっちが好きだという好悪嫌着の計らいもなく無心無我の境地だ。 天地自然はなんのこだわりもなく、分け隔てもない。 大自然の中に自分が溶け込んでしまったように無心だ。 人間の心は分別する、善悪、損得、好き嫌い、 これが迷いや苦しみの原因だ。 ベルリンの壁が崩壊したのは1989年だ。 その二年前に日本の花火師がベルリンの大空に花火を上げた。 多分、東ベルリンの人も見たんだろう。 花火師は「空には壁はない」と大空の無心を語った。 日ごろ、わたしたちは下ばかり見ていて、 分別ばかりして物事を二つに分け、 善だ、悪だ、自分だ、他人だと分けることばかりしてる。 本来は大地も自然のもので壁も境界もなかったみんなのものだ。 無心とは自他不二、善悪不二、命レベルの共通の世界〔土俵〕だ。 何か楽しくなかったり、開放感がなかったら、 大空を見上げて『空には壁がない』を原点にして生きることが寛容だ。 この詩を読んだ時は、自分のちっぽけさやこだわりの強さに猛反省だ。 でも、分けることしなければ人間が作った環境〔社会〕では生きれないのも事実だ。 社会常識の中で生きるには、一度は分別しても忘れて行動することのようだ。 みなさんはこの詩どう感じられますか?