社長ブログ

大阪石材株式会社 伯井です。

2009年04月30日

日本石材産業協会に参加して感じること

日本の石材業の約1100社が入っている全国団体だ。
その墓石部会の担当をおおせつかっている。
社会のためということを旗印にお客さんに喜んでもらう趣旨で、
公益に尽くそうということだ。
メンバーの方々は公益ということの美名の下で、名誉よくでやってるんではない。

1)業者の質を上げるためのアドバイザー資格や地震対策など、
お客さんに正確で必要な情報と業者の技術や誠実な仕事をすることへの学びもやってる。(公益)
2)理事達はボランティアでがんばって業界の発展を願っている(共益)
3)それが自社の発展成長につながると信じ活動する。(自益)

還元すれば自分の利益になりたいのだ。
しかし順番が違うだけだ。
×(今までの考える方向)=1)自益(利己)→2)共益(会社の利益や業界の利益)→3)公益(お客さん、人類、地球)

最近は環境がうるさく言われるのは人類の利益だけで考えてたら地球がつぶれるからだ。
地球がひとつの自分の身体のように考えなければ、自分の業界もつぶれるということだ。

○(これからの考える方向)=1)公益(お客さん、人類、地球)→2)共益(会社の利益、業界の利益)→3)自益(自分の利益)

私は成人君主ではありません。また成人君主になりたいとも思いません。
しかし子々孫々に地球がまた地球に住む総ての生き物が、
1000年先にも生きていてほしいと願っている。
ただそれだけだ。

考え方を公益一番で自分の利益三番にするしかないのではないかと考え出した。
みんな一人ずつがひとつのこと出し惜しまないで、
地球のため、あなたのためと行動すれば、
地球からゴミの山はなくなり、リサイクルが実現される。

「もったいない」と考えてコピーを一枚減らすと森林が伐採されなくて住む。
地球を愛するが故にこんな風に考えたいし行動する。
そんな自分になりたい。
「100%できてるか?」と問われたら、
「はい」とは答えられないが、限りなく100%を目指す意志はある。

人間の遺伝子は利己心で出来てる。
自分の利益から考える習慣がついてるんだ。
だから異物が入ったら白血球が集まって追い出そうとするんだ。
でもそんな本能を脱却し、「やろう」と思い、理性でひっくり返すいいチャンスではないですか?

100年に一度の不況が教えてくれてるのは消費万歳。
自己利益追求の利己主義=我がまま主義容認とは逆ではないでしょうか?
あなたのために!!地球のためにの利他行が発展のキーワードだ。

日本石材産業協会に入って仕事をさせていただく中で自分が感じたことだ。
皆さんは如何考えられますか?

2009年04月25日

草彅君ガンバレ!志を高め

人間は神から与えられたのは、肉体というエンジンだけだ。
厄介なことに、ハンドルとブレ-キは自分で作らなければいけない。

スマップの草彅君が酔っ払って全裸になり逮捕だ。
失敗したではなく、犯罪扱いだ。

ブレ-キを忘れたんだろうが、元々人間にはブレ-キは与えられてないので、
失敗を通じてブレ-キがいつのタイミングでいるかを悟るのも事実だ。
賢い人は体験しなくても、推理と創造力で理性が働きブレ-キがかかるのだろう。

彼にはこの体験はあまりにも大きい代償を払う結果になった。

考える人の彫刻で有名なフランスの彫刻家ロダンは、

「経験を賢く生かすならば、何ごとも無駄ではない」

またイプセンは語る。

「できないというのは許される、
 だが、しようとしないのは断じて許されない」

こんなにマスコミに騒がれたら萎縮するだろう。
しかし、失敗を恐れる人にだけはなってほしくない、
彼の才能をもっと開花させるために自分でハンドルを造ってほしい。

それは志を高めることだ。

野望=私利私欲から描く夢
志=誰かの笑顔のために描く夢

もう一度、多くの人を感動させたのは自分の私利私欲でないことに気づき、
シェ-クスピアの言うように「世界は舞台 人は俳優」、
「共感は全世界の人間を親族にすることだ」で復活を期待したい。

自分にとっては夢の持ち方をもう一度反省させられた事件だった。
皆さんは如何考えられますか?

2009年04月24日

量から質、質から味(風合い)へ変化する世の中

百年に一度の不況の真っ只中で、日本は今復活に向け走り出してる。
経団連の故土光敏夫さんは「日本は資源がないのでなく、資源を生かす技術がない」
とおっしゃり、技術の重要さを強調された。

今、商品に求められてるのは、技術は品質の技術を一歩進んで、味とか風合いを出せる技術だ。
それはモノやサ-ビスの付加価値としてお客さんの要望が高くなってきてる。

造る側で仕事をする我々は、この要望にこたえるのが仕事の使命であり、
お役に立ち、利他行だ。

この技術は、学問だけでは実現できない、造る人の体験がいる。
コンビニのおにぎりひとつとっても、
ご飯とのりと中の具の三つの組み合わせなんだが、いろいろあって味(風合い)も違う。
もちろん値段もだ!

ブライダル業界で需要が落ちてるにも関わらず、
年間15%アップで躍進する渡部ウエディングは、
観光と組んだ新しいブライダル創造に取り組んでいる。

これも味の(風合い)追求だろう。

この会社の理念に「すてきな生活文化を創造」とある。
社員が会議するといくらでもアイデアがでてくるらしい、

元々貸衣装屋さんからのスタ-トだったのに、
お客さんの新品のドレスが着たいという要望に、
いまやウエディングドレスの新品を提供するようになった。

自分らしく想い出を作る結婚式の演出だ。
不況こそ資源を生かす技術の開発のチャンスと前向きだ。

世の中の発展、進化が味(風合い)を求めていることだけは確かだ。
みなさんはどう考えますか変化する世の中?

2009年04月21日

自分を変えるコツ・自分を変えないで伸ばすコツ

私たちには自分を変えない時と自分を変えるときがある。
現実的に発展し向上してるときは自分を変えない時と考えるのが普通だ。
また逆に現状がうまく行かない時には自分を変えようとするものだ。

実は逆だというのが中国の孫子だ。
「治にいて乱 乱にいて治」
自分がうまく行ってる時すなわち「治の時」こそ余裕があるから、
乱を思って気を引き締め果敢に挑戦しろというのだ。
ようは、自分を変えるときだ。

そのコツは、
「自分の一番嫌いな人と接する、自分の一番きらいな仕事に取り組む」ことだ。
なぜなら、自分を変える以外に修得できないからだ。

逆に自分を変えてはいけない時は、
うまく行かない時だ。
このときは余裕がないから、
ひたすら自分の長所を伸ばし絶対に自分を変えないことだと教える。

孫子のような儒者の儒教を二宮尊徳は治国の理論と評してる。
国を治めるのを人生を治めるに置き換えると、
上記のように解釈ができる。

自分を変えない時、変える時を間違えていたと反省だ。
みなさんは如何考えられますか?

2009年04月20日

一休さんの言葉

「有漏路より無漏路に返る一休(ひとやすみ)
 雨降らば降れ、風吹かば吹け」

一休さんの句だ。
有漏=うろうろすることで方向が定まらないことだ。
   生きることで必死で煩悩に振り回されてることを言う。
無漏=煩悩がかき消されることだが、同時に死ぬことだ。
この一休みが人生だという大らかな人だ。

どんな人も死に方考えて生きてるわけではない、
生き方考えるのだ。
生きようとするから欲にまみれるのだという。

さすれば死に方を考えて生きること=生かされてるということになる。

至道無難禅師の言葉に、
「生きながら死人となりて成り果てて、
 思いのままにするわざぞよき」

こんなことを20代後半の私に教えてくれたのは恩師小田切瑞穂先生だ。
中味など解るはずもないが、お経のように暗記した。
年を重ねるごとに味わい深く感じるこのごろだが、
行動が出来てる訳ではない。
実際に生活し、仕事をする具体性の中にある心境で、
言葉を知っていても何の意味もない。

皆さんは一休みの人生楽しんでられますか?

2009年04月17日

招福・万病の予防薬の三か条

私たちの願いは簡単だ。
幸せになることだが、具体的には以下の三つだ。

1)人に好かれ
2)病気にならず
3)福を得たい

では具体的に日常なにをすれば良いかすすめてくれるのは、
臼井甕男(うすいみかお)先生のおっしゃってる三か条だ。

1)今日だけは 怒るな
2)心配すな 感謝して
3)業にはげめ 人に親切に

これを一日実行できたら、
次の日の朝また実行すればいい。
一生続けば、福をえること限りなく、
ストレスなんか吹っ飛んで万病が逃げていくこと間違いなしと証明済みだ。

石材業は職人の世界、頭をコツかれ、怒鳴られるのは弟子なら当然、
親方から技を盗み取るのがこの世界の常識だった。
そうではなく伝授するコツがないかと考えられた人が出会った言葉だそうだ。

目に見えないものを大切に生きることが利他行の心構えだ。
この三つは直接目に見えないが、
挨拶や掃除や整理整頓の姿に表れることは間違いない。

本気で福をえ、健康でいたいなら、黙って実践することだ。
今日からでもいいから実践しようと新たに決意する。
凡事徹底、他人に言う前に自分から!!!

みなさんは自分の子供や仕事の仲間にどう伝授されていますか?

2009年04月16日

心・技・体の発展・進化こそが地球のトライアングルゴールデンルール

一流の人に共通することが二つあるといわれるのは、
「致知」という雑誌の出版社の藤尾秀昭さんだ。
その条件は以下の二つだ。

1)「仕事と遊びと学び」を別々と考えない人
2)幾つになっても学ぶことをやめない人

一流の人の行動の結果は理解したが、
自分をどのように訓練すれば一流になるかがわからない。

そこで相撲でよく言われる「心技体」を自分の意のままに動かせることと、
考え以下のように読み解くことにする。

人間が夢を実現するには、
肉体を通じ行動することでしか実現しない。
だから、「心技体」の三つをバランスよく発展させる事が良いのは当然だ。
近江商人の三方良しと同じで、
人格形成へのトライアングルゴールデンルールだ。

しかし、そう簡単に体得できるものではないのも事実だ。
頂上のない山登りだ。
死ぬまで修行と考え取り組むしかない。

心=考え方(頭脳の使い方)
技=気づき方(アンテナの張り方、感じ方で快感)
体=肉体の使い方(運動と休養のあり方)
この三つの主人になることだ。(随所に主なればいたるところ真)

心は二つある、
ひとつは利他行だ。総てが自分が二番で相手のことから考えることだ。
もうひとつは発憤だ。(負けてたまるかという自主自立と感動、感激するこころ)
孔子が自分のことを憤で表現してる箇所が論語にある。

「憤を発して食を忘れ、楽しんで以って憂いを忘れ、
 老いの将にいたらんとするを知らざるのみ」 
        
       論語

さて、技は技術ですから、
相手が喜ぶ必要とするものは何か探索するアンテナを張ることだ。
「ありがとう」と言ってもらえそうなことを予測して具体的にする創意工夫する術だ。

最後は体だ。
体には二つある。

一つは時間管理だ。
身体で自分の夢を現実的に具体化してくれるんだが、
体は目に見えることと、目に見えないことの二つのことをする、
ひとつは「作業系」もうひとつは「考える系」、
この二つがうまくバランスよく時間管理されることだ。

もちろん新しい体験も必要で場所の管理も重要だ。
いうなれば時間と空間で管理することだ。
それに大事なことはこれを歴史的に時間軸で整理することだ。
仕上げは、心地よいと感じる方法を編み出す事がいいスパイスになる。

さてこの三つ(心技体)が最後に見つけるのは意味づけだ。
自分は、なんのために生まれ、働き、生活してるいかだ。
自分も他人も地球もみんな幸せにあるためではないだろうか?
これこそ地球のトライアングルゴールデンルールだ。

みなさんのトライアングルゴールデンルールはいかが考えられてますか?

2009年04月15日

三大原理・森信三先生

仕事には二つある「作業系」と「考える系」である。
このバランスを取れることがうまく行くことだが、
面白いことに人間はどちらかに偏るものだ。

「作業系」=自己肯定
「考える系」=自己否定
が原則だが、ついつい逆をやるのがまた人間だ。
「考える系」を肯定すると、自己中心的になり、他人の意見を受け入れなくなる。
逆に「作業系」を否定すると、考えと行動が一致しない。

「考える系」に重要なことは創造力だ。
創造力は、現実をしっかり学び否定して、新しい概念を生むことだ。
だから最初は常識的でなく、非常識扱いされる。

お笑い芸人のドリフタ-ズの志村さんの哲学は、
「非常識なことをするために常識を勉強してる、
 常識を馬鹿にする奴に、常識を超えたことは絶対にできない」
常識人がお笑いを楽しんでいるからだ。
常識的に自分にはできないから滑稽さを生んでいるんだ。

当たり前のことを当たり前にやる中に創造がある。
真剣に創造したければ、徹底した普通の常識人であることだ。

森信三先生は現実界における三大原理を指し示される。
1)時を守り
2)場を清め
3)礼を正す
時間(時)・空間(場)・人間関係(礼)
これだけができればいいとおっしゃる。

単純だがいつでもどこでも誰とでもできるかと、問われたら、
はいと言いきれない自分がいる。

百年に一回の不況を乗り切るには、
徹底した常識と、当たり前をきっちりできることからだと確信する。

皆さんはいかが考え行動されてますか?

2009年04月12日

「喜んでもらいたい、ありがとうといってもらいたい」という自分の行動

ワタミの渡邉美樹社長は、「私は自分のしたいことをやってる」という、
決して利他行をやろうとして行動しているのではない。
どちらかといえば自利行だ。

「ありがとう」といってもらいたい「喜んでもらいたい」だけだという。
親父に美味しいもの食べさせたいではじまったのがワタミだ。
その延長線上ではじまったのが、
老人にあったかい風呂、あったかいご飯を食べてもらいたいで始まった介護の事業、

さらに、世界中から「ありがとう」を集めたいとカンボジヤの学校建設もやってる。

一般には自分が直接得したり、好きなことしたいために、
自分の行動や考え、心を使うのが人間の本質(利己心)だと考えてる。

ところが、渡邉社長は最初から自分の行動が自分のためでなく、
他人のために役立たせたいのが当たり前と考えてる。

この前提が全く逆だ。

また同じような人に、トイレ掃除をヅーット続けておられるイエローハットの鍵山社長は、
さらに謙虚なことをおっしゃってる。
「光当たれば影また濃し」、
人間は世の中で脚光を浴びれば浴びるほど、
謙虚に下座行(人の嫌がるところのした仕事)に徹しなければならないと掃除に励まれる。

この方々は自分を周りの人のために役に立てるにはどう行動するかと、
みんなが喜ぶための奇麗なトイレにしておく、
ありがとうと微笑が見たいからがんばるという。

北野たけしさんも公衆便所に入ったら必ず掃除するという。
この人もみんなに笑わせるにはどうするかをいつも考え行動するのだ。

一流の人は結果利他行ができてるのだ。
さて自分はと問うとほんとにお粗末だ。(だから可能性がまだ残ってると自己肯定する,)
渡邉さんや、鍵山さんの爪の垢を煎じて飲めば何とかなるだろうか?
いや、実際に行動しないとなんともならない。

みなさんは家族やお友達、周りの人に感謝してますか?
喜んでもらって、ありがとうをいっぱい言ってもらってますか?

2009年04月07日

ミツバチ工程は最高品質を作る理想のモノ作りでありサービスつくり

ミツバチ工程=一人一個作る一気通貫工程をいう。
これが一番上品質で無駄のないもの造りができる工程だそうだ。

戦後は大量化生産するために、
職人の腕を分析しパーツに分けて分業し協業することで、
完成させ大量に上品質を追求してきた。
ところが人間の達成感や、やりがいがなくなり、
職人の品質にまでには届かないのも事実だ。
一方、お客さんの要望は、
世界にひとつしかない商品の品質やサービスを求めるように成熟してきてるのだ。

今はコンピュータの組み立ても一人で完成させるセル方式が良いとされ、
ミツバチ工程が最高品質の製品と働くものの達成感もあり無駄も省けると証明された。
そこで、そんな仕事人をできるだけ短い時間で、
高品質に養成できないかと考えるのが人間の欲だ。

そこで今、盛んに5S運動(整理、整頓、清掃、清潔、躾)が行われる。
日本電産の永守社長は6Sといわれ、さらに「作法」をつけられる。
さて、この基本は3Sだ、整理、整頓、清掃だ。

こんな当たり前のことを一からやれというのだ。
徹底して整理し、整頓すれば、いつもいるものがさっと出てくる=時間短縮、
無駄なものがないので、場所が要らないし、場所代=経費も削減できるというのだ。

さて掃除についての三つの効用がある。
単にきれいになるだけでなく、磨き上げるところまできれいにすると、

1)家でも、庭でも職場でも、きれいになると汚さなくなる(また掃除するのが大変だから)。
 具体的には前工程の使い方を工夫するようになる。
2)物が整理され、奇麗から出し入れに時間がかからなくなり(時短)、
置く場所も減るので場所のお金がかからない(経費削減)
3)清潔だから良い品物や仕事ができ身体もばい菌がつきにくく健康でいられる。

さてもう一歩突っ込んだ目に見えない心の三つの効用がある。

1)自分の心から煩悩や妄想を掃除で集中するので払いのける修行となる。
2)奇麗なところには人が集まり活気が出てくる。(活気があれば商売繁盛)
3)奇麗で清潔なので病魔が逃げて行き心身が壮健となり、福がよってきて円満となるのだ。

以上の様に良いことばかりだ。
素直に実行する人には美しい動作と福が限りがないということだ。

お釈迦さんの弟子に「周梨槃得(しゅうりはんどく)」という、
自他共に認める馬鹿な弟子がいました。
いくら読ませてもお経が覚えられなくて、
ある日彼に箒(ほうき)を持たせて、
「塵を払い、垢を除かん」といって庭を掃くことを命じられました。
毎日毎日掃除に励んでいたある日彼は、
カツ然と「これは心の煩悩の塵を払い、邪念の垢を除くことだ」と悟るのでした。
その後、修行を積んで御釈迦さんの十代弟子になられたそうだ。

みなさんは掃除の効用を活用されてますか?

2009年04月05日

目標(志)の持ち方・船井幸雄

目標(志)は実現することを持つのか(現実的レベル)?
目標(志)が自分の枠を超えて持つのか(夢レベル)?

人間の成長という観点から言うと、
自分の枠の中で現実的に実現する目標は達成しても、
自分の可能性に挑戦することはできない。

自分の枠を超えた大きな目標を設定しないと、
人間は成長しないし、つぎのステ-ジにいけないと断言する。
   
   船井幸雄


夢のない現実主義は罪悪だ。
現実主義のない夢は戯言だ。

一番厄介なのは現実主義と完璧主義が引っ付くと、
絶対に人の前にでない臆病という病気にかかる。

一方、夢と言語が引っ付くと、
行動のない空想家の誇大妄想狂になる。
ほら吹きだ。

人間は紙一重だとつくづく感じる。
仏法の三法印では、
1、「諸行無常」で、世の中は変化することが常識と考え、
2、「諸法無我」で、因と縁が織り成す結果として人生があり、
   頭で考える自己はなく生き様があるのみだ。
3、「涅槃寂静」で、妄想と煩悩をなくせば静かな心境を得れるが、
   人生は自分の妄想と煩悩が引き起こすドラマを生きるということだ。

仏教は冷ややかにこの事実を自覚し、捨てろとせまってくるが、
人間である以上はそう簡単には妄想と煩悩は捨てれないが、
1)小さくすることと
2)方向を世のため人のためと善行することはできる。

少しでもそんな人間に成長したいと願うのは私だけだろうか?
皆さんはいかが考えられますか目標の持ち方?

2009年04月03日

仏作って魂入れる

「地球村」的発想すると今がチャンスだというのは、同志社大学の浜矩子教授だ。

浜先生のおっしゃってるのは、
「グローバル化時代に、仕組みだけ整えても運営ができない。
 精神論ですが、心意気、魂、人間らしさが出てこないと輝きは増さない。」
 
こんな記事が朝日新聞の天声人語に載っていた。

世界をひとつの村と考えると、助け合うことだし、
経済的な保護主義や金融の問題では解決しないということだ。

むしろ各国が利益代表というより、
各国が寄与代表という心意気が大事ということだ。
保護貿易主義にならず、
自国の得意のモノやサービス、お金を差し出す覚悟が大事だ。

要するに、損することで互いが助け合う発想がなければからないのだ。
金融より財政が主導で行うことだ。
ことわざの「身を捨ててこそ 浮かぶ瀬もあり」ということだ。
「仏作って魂入れる」発想と考えられる。
この逆転の発想、世界に通じることを希望したい。

皆さんはいかが考えられますか?