2009年05月29日
詩集「さながら」 里 みちこ
「なくす」
「忙」しいと
こころを亡ぼす
こころを亡くしたとき
「忘」れる
こころを忘れたとき
「放心」
わたしを忘れたとき
「無心」
わたしを
無くしたとき
「無私」
〔急ぐとこころがおいてきぼり〕
ほんとに人間は「無私」になるには努力がいる。
自分自分が捨てられない、
善悪や損得の分別から解放されない自分がいる。
「しあわせ」
逃れたくなったのは
規格品の仕合せ
触れてみたかったのは
規格外れの
幸福
そうしてやっと掴んだのが
わたしの
しあわせ
〔青い鳥の見つけるまでの長いこと長いこと〕
人間は今ここに自分を取巻くしあわせがあるのに、
不平不満ばかりで、外に理想ばかり押し付ける。
自分が理想に努力してやればすむことが!!
ほんとに良くしてくれる身近な人に感謝の念をもって接することだ。
今ここで働き生活し人から頼られる自分がいることに気づかず!!!
頭で考えてばかりで一歩も行動しない自分がいる。
白隠禅師の「坐禅和讃」のなかに、
「衆生近きを知らずして、遠く求むるはかなさよ
たとえば水の中に居て、渇と叫ぶが如くなり
長者の家の子となりて、貧里に迷うに異ならず
---------」
この逆が体感できないのだな!
自分という「我」と「理屈」で考える癖がついてて!!
皆さんは如何感じられますか?














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