2009年10月30日
心を創るプロセスが人間の価値
先日、知人の葬儀に参列した。
戦後まもなく、菓子職人が仕事がなくなる状況下で一念発起し、
三重県から大阪・宗衛門町の地で和菓子製造を始められた方だった。
人間が老いて経験も社会的な地位も冨もできたら、
「稲穂のように頭をたれる」といわれますが、
将に、そんな人柄であると察する代表社員の弔辞に感動した。
権力と冨を得ると人間は腐敗するといわれる。
国民党の腐敗で中華人民共和国ができた。
著名な民間人が毛沢東に聞いた。
「もし今の政権が腐敗したら?」
彼は即座に答えた。
「我々は腐敗を防ぐ新しい手法を見つけた。」
しかし、長年権力の座に着くと、どうしても腐敗がはびこるのも事実だ。
一方でマスコミの批判の行き過ぎには注意が要るが、
批判があるから腐敗が少なくなってるのも事実である。
ある方が築地で老浮浪者を見つけ、
近くの交番に行って「心配ないですか?」と聞いたら、警官はこう答えた。
「彼は施設から逃げ出し、競馬はするは、酒は一級しか飲まないは、ですよ。」
付け加えていった。
「困ってると思って、善意で風呂に入れてあげたお家で、盗みを働く始末。」
権力者だから、マスコミだから、弱者だからという看板で人間を評価するのでなく、
心の創るプロセスがその人間の価値を決める。
代表社員の弔辞のなかで、
故会長が会社を見回りながら口癖のように言われたのは、
「私には責任がある、働いてもらってる人たちを幸せにする。」
人一倍信仰心が厚かった人で、常々社員の行動指針として教示されたのは以下の四つだった。
1)親孝行をする。(親あっての自分、先祖あっての自分を自覚すれば誰でもわかる)
2)感謝すること。(人間はひとりでは生きれない、だから人に感謝すること)
3)役に立つこと。(社会人として役に立つ仕事をする、和菓子は餡が命)
4)嘘をつかない。(誠実に接することが一番で、それを貫くこと)
この四つがどんな時もどんな状況でもできることが、
信用、信頼につながるのだと確信されていた。
ところが、もし何らかの事情で破ったら、
「許す」心が大事だと寛容の心を養っておられたそうだ。
将に、厚い信仰心を持っておられたからこそ、
神仏の振る舞いにも似た実践をされるようになったと察する。
人間は立場によって考えや意見も違う、善悪のありようも変わるが、
同じ今を生きる人間として不易で変わらない価値は、
この四つの実践ではないかと反省させられた。
皆さんは如何考えられますか?














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