社長ブログ

大阪石材株式会社 伯井です。

2010年01月30日

鳩山首相施政方針演説に思う

鳩山首相の施政方針演説は、マハトマ・ガンジーの『七つの社会的大罪』を柱に、
『新しい公共』という理想に向かって、政治主導で人の命を大事にやるということだ。

現実はコンクリートから人への予算配分だそうだ。
さて、批判はいくらでもできるが、自分のできることは何か考えるにも基本理念が大事だ。

『七つの社会的大罪』マハトマ・ガンジー
1、『理念なき政治』
2、『労働なき冨』
3、『良心なき快楽』
4、『人格なき教育』
5、『道徳なき商業』
6、『人間性なき科学』
7、『犠牲なく宗教』

我々にとって考えなければならない課題は、人間のための経済だ。
首相は「経済のしもべとしての人間が存在するのでなく、
人間の幸福を実現するための経済をつくりあげるのがこの内閣だ。」と断言する。

この施政方針演説を聴いていて、ケネディーの演説を思い出した。
『アメリカがあなた方のなにをするかより、
 あなた方がアメリカになにが出来るか問いたい』
こんな台詞だったろうと記憶するが、
民主主義とは自分の国を創ってるのは自分だ。

民主党を選んだ国民は要求もするが、
自分が国に具体的のどう努力をするのか?問われる。
単に納税だけでは国は良くならない。

ガンジーの言葉を解りやすく以下のように書くと、
量と質の統合が出来てるかと大人の社会人を突きつける。

人間としての本質的な知行合一のバランスが取れてるのかと、
せまってくると感じるのは私だけだろうか? 

1、政治家は理念を基本に。
2、富は働いて得る。(働かざるもの食うべからず)
3、楽しんでもいいが、他人を傷つけない。
4、教育は単に知識だけでなく、人間の徳も身につけること。
5、経済人は誠実に仕事し、詐欺行為をしない。
6、科学者は人間としての範囲を超えて技術に溺れないこと。
7、宗教は自己犠牲が伴わないのは駄目だと教えてる。

実際、自分が日常上記のことを考えて生活してるか、
反省するところから始めねばならない。
マスコミのように、批判することが役割の人もいるが、
それはそれで命がけでやってる。

我々働くものは現実の仕事の中で実践することが、
主権在民の義務だ。
自分を愛することは回りの人を愛することで、
その人間が住むのは社会であり国だ。

私は国粋主義者ではないが、
自分が幸せになるには国を幸せにしなければならない。

マザーテレサは、

『好き』というのは感情です。
『愛する』ためには決意と努力が必要です。
『愛』の反対語は『憎しみ』ではなく『無関心』だ。

感情レベルから、
一歩踏み込んで信じるという意志と主体が在ってこそ愛は実現される。
皆さんは如何考えられますか?

2010年01月27日

花畑牧場の経営理念

発売から三周年で、販売総数3,000万個の人気の生キャラメル。
この秘密は経営理念だ。
『みんな幸せにする会社』

具体的には近江商人の三方良しだ。
『1、食べる人を幸せにする 2、創る人を幸せにする 3、地域の人を幸せにする』

この理念の下で仕事するのは楽しい。
では成功のコツはと言うと、期待どうりは普通、期待以下は消えていく。

1〕期待以上のモノを創って喜んでもらいたいと、心のそこから思うことだ。
すると天が味方してくれると言うのは、斉藤一人さんだ。
どうしても誰よりも良いもの創りたいという執着度で決まるそうだ。

ただ、これだけだ。
買っていただく人に喜んでもらうと笑顔になり、創った私が心のそこから喜べ、
その結果、楽しくて仕方がない環境が生まれる。
この善循環が起こるというのだ。

難行苦行はいらない。

弊社も利他行による三方良しの実現を理念とし、
幸福創造する会社でありたいと願っている。

理念は思いだ。
実践がなければ具体化しない。

二宮尊徳流に言うと、
『理念なき実践は罪悪、実践なき理念はたわ言』だ。

花畑牧場はこの理念と実践が一体となってるに違いない。
課題に挑戦行動、思いを強くに反省だ。

皆さんは如何考えられますか?

2010年01月25日

「未完成」こそ人生の最高のキ-ワ-ド

先日兵庫県の宝塚で研修があり、久しぶりに行った。
もちろん宝塚大劇場があるので、『未完成』の言葉を思い出した。

1998年に退団したトップスターの真矢みきが残したものだ。
彼女は17歳で宝塚音楽院を卒業し歌劇団に入団。

ところが初演では、同輩の十人の中で台詞なしの二人のなかの一人になり、落ち込んだ。
もちろん「やめよう」と思ったのは言うまでもない。

しかし、歯を食いしばって誰よりも歌に踊りにと、稽古に励んだ。
それが認められ主役が回ってきた。
その後はベルサイユのバラのオスカル役を演じ、活躍する。

また彼女は革新的なことをたくさん仕掛けた。
宝塚の男役はショートカットと決まっていたのを長髪で演じた。
(当時の流行を取り入れたのだ。)
引退前の日本武道館で、シャ乱Qのつんくプロデュースで3万人のフアンを魅了し、
宝塚伝統の『スミレの花』の現代風にアレンジして歌ったのも型破りだ。

退団後は女優として活躍し、また結婚も果たした。
その彼女のメッセージは『未完成』で、常に挑戦が信条だと語る。

彼女のすばらしさは、挫折を味わっても常に前向きで明るく行動する姿だ。

挫折して思い通りに行かない時に、
「未来」や「やる気」を自分の意志で閉ざすのは、完璧しか認めない自分がいるからだ。

それを乗り越えるには、
完璧や理想を追い求める自分はいつも「未完成」だと自覚することが必要とせまる。

完璧や理想に束縛され、人の目を気にするより、
自分を主役の人生を楽しみ、
どんなことがあっても挑戦する意志を持つことだと、無言のメッセージを発信する。

他人を理想のものさしで批判することはたやすいが、
自分が未完成の存在で、挑戦し続ける意志を持ち続けることは難しい。

皆さんは如何考えられますか?

2010年01月21日

脳細胞を科学して自分の脳を『貢献心』で一杯にする

脳細胞が持つ本能は3つだというのは、
日本大学緊急救命センターで活躍された林成之教授だ。

脳細胞の本能の三つは、
1〕生きたい
2〕知りたい
3〕仲間になりたい

基本の三つの本能が働くと好き嫌い、
理解するという機能が動く、第一には感情フィルターをとおる。

この第一のフィルターで、興味がない、感心がないとなると、脳にとって休憩を意味する。
人間の脳をフルに使うには、「好きになる意志を持つこと」が大事だ。
(ここにスイッチが入ると知りたい、知って仲間になってもっとうまく生きたいと思考するのだ)

さて、興味があり、脳が働き出すと第二段階の本能が二つ出てくるのだ。
1〕自己保存本能
2〕統一・一貫性

自己保存本能=生きるために自分を守る能力だ。
統一・一貫性=正誤を判断したり、類似するものを区別したり、バランスを取ったり、
       話の筋道をとおす対得プラスの作用がある。

しかし、この第二の本能にこだわるのが我々凡人だ。
上記に書いた逆のことが現実は起る。
たとえば、自分の意見と反対の人がいると、
脳はその人を嫌いになるという反応をする。
脳は統一・一貫性に反すると相手を拒否し、
さらに自己保存が働くと相手の意見を論破しようとする。
〔脳が悪い方向に働くのだ〕

仏教なんかで「自己を捨てろ」というのはこの執着心のことだ。
他人を妨げる自己肯定『利己心』をいうのだ。

人間としてすばらしいのは、この利己心を利他心へ飛躍させ、
二次的な本能といわれる『貢献心』を引き出すことだ。
(貢献心=世の中に貢献しながら安定的に生きたい。)

実はこの二次的本能を高めることが「志を持つ」ということなのだ。
脳自体が思考する能力を高めることで、すばらしいと林教授は断定される。

この先生は具体的に緊急医療チームの中で「貢献心」を発揮する脳を作る実験をされた。

もちろん一刻を争う緊急医療の現場でのことだ。
スタッフから出てくる言葉は『疲れた』『無理だ』『難しい』を口にしてしまう。
治してやろうと挑戦すればするほど、回りの環境や、他人を否定し、愚痴るんだ。
これが脳を活性化し、思考力を高めないことは上記に説明したとおりだ。

そこで、先生はチームのルールを以下のように決めた。
1〕『否定的な言葉は一斉使わない』
2〕『明るく前向きでいること』
3〕『チームの仲間の悪口を言ったり、意地悪をしないこと』
たたこの三つだったが、
ついつい出る愚痴に、『今疲れたって、言ったよね』と指摘しあいながら、
みんながこのルールを守っていった。
時間がたってみんなが守れるようになったころに、奇跡が起こったのだ。

緊急医療センターに運ばれてくる脳障害者の40%の人が回復され、
助けられるようになったのだ。

もうお解かりでしょう。
人間は奇跡を興す力がある存在だと証明されたのだ。

しかし、ほっておくと人間は統一・一貫性、自己保存に引っかかりやすい。
如何に世界の格言を紹介し、自分を再チェックしてみたい。

『自分の言ったことを決して取り消さない人は真理より己を愛する人間だ』
       ジュベール
『弱いものほど相手を許すことができない。許すとは強さの証だ』
       マハトマ・ガンジー
『積み重ねの方式で、これができたらこれにしよう。その次はこれをやろうでは、
 とうていできっこない』
       ソニー創業者井深大
『悲観主義者はドーナツの穴に目を向ける人のことだ』
        マクランドバーグ・ウイルソン
人間の持ってる能力を理解し、みんなに貢献するこころを持続させたい。

皆さんは如何考えられますか?

2010年01月16日

本田宗一郎に思う

私はどちらかと言うと技術者ではない、
モノや化学のような反応を研究することは苦手だ。

だからあまり技術者には関心がなかったが、
先日、ある人が二宮尊徳師の話の中で、
『道徳なき経済は罪悪、経済なき道徳はたわ言』というのを、
本田宗一郎は、
『理念なき行動は狂気、行動なき理念は無価値』といったと教えてくれた。

そこで、本田を創業され寝ても覚めても工場に入って、
研究なさってた方ぐらいしか知らないので調べたら、
参ったことに単なる技術屋さんではないのだ。

一番ビックリしたのは以下の言葉だ。
『技術より思想が先だ』
技術はそんなに難しくないといい、
『技術は哲学の結晶であり、哲学こそ大事だ』
仕事をする行為よりもそれをする前の思想が問題だ。
いくら技術が良くても、思想がダメなら技術を活かすことができない。
また、技術はテンポが速い、すぐ陳腐化してしまう。
技術はあくまでも末端のことであり、思想こそ技術を生む母体だ。

技術屋が技術に驕らず、謙虚に語るところに感動を覚えた。
一芸に秀でた人は、哲学者であり、芸術家だ。
技術屋らしく、
『進歩とは反省の厳しさに正比例する』
そして、努力に対して99%の失敗と1%の成功といわれたように、

『努力は必要な効力を生んではじめて努力が認められる。
努力し結果は駄目だったでは、努力したことにならない。
仕事の中に能力を活用しなかったり、方法を選らばなかったら、
それは徒労という一種の道楽に終わる』

厳しいですね。自分に対する判断の基準が!!!

先日も書いた一日一言〔吉田松陰〕の17日の一言は、
『死して後に已む』
安政四年六月二十七日(福原清助に復す)

意味は志を立てて始めたことは全身全霊を尽くして行い、
やめるのは死んだ後だけである。〔松陰の友人〕

自分と比べるのも不遜だが、覚悟が違う。

皆さんは如何考えられますか?

2010年01月13日

大欲を持て、自他和合の道へ

欲には二つある。
「小欲」=自分が満たされればいいとする欲で、本能的な欲から、物欲金銭欲とある。
人間なら誰でもある。

しかしこれで終わったら本物の人間にならない。
大欲を持てということだ。

「大欲」=自分が笑顔になるだけでなく、
周囲の人に笑顔をもたらしたいという思いを持つ欲だ。
学生時代クラ-ク博士の言葉を教わった『少年よ大志を抱け』だ。

この「大志」こそ「大欲」だ。
自分には出来ないとか?そんな大それた人間ではないとか?
自分で自分を決め付けないことが大事だ。

「大欲は無欲に似たり」と仏教では言う。
無欲というより、「私心なく動機善」なんだ。

大欲からの行動こそが自他和合の道だと京セラの稲盛名誉会長は諭される。
日本で一番大きい日航の経営を任されCEO会長職を引き受けられた。

「日本のためというより、働く従業員が苦労するので、何とか心を合わせ再生したい」と語られた。

第二電電を創業された時も、志は「誰もが手軽に話せる電話の普及」だった。
また、三田のコピ-を引き受けられたときも決して金儲けが理由ではなかった。
困っておられるのを見かねて引き受けられた。

この引き受け方が、『私心なかりし動機善』だ。

稲盛会長の座右の銘は『敬天愛人』だ。
人間が生活する社会では人間を愛し、
天という自然には活かさせていただいてると言う謙虚な姿勢で、
向き合い生きることを信条とされてる。

少欲に惑わされ、大欲に有頂天になる自分がいる。反省、反省
志を高め、自他和合を実現すべく、人生・仕事に全力で行動する自分でありたい。

皆さんは如何考えられますか?

2010年01月10日

吉田松陰一日一言」に学ぶ

年頭に当たり、肩がこらないで続けられる良書はないか思いつき、
書棚の『吉田松陰一日一言』を見つけた。

一日づつ読むところに意義があり、読む時間は一分もかからない。
テストがあるわけでもないので、
丸暗記する必要もないが、
自分にできてるか出来てないかのチェックはいる。

学ぶことは知ってることでなく、行動が出来てるか出来てないかが勝負だ。
悪習慣がつくと無意識に身体が動き、なかなか軌道修正が難しいのも事実だ。

いまさらながらに、小さいときにみっちり身体に叩き込んでもらってほしかったと悔やむ。

さて、元旦の言葉は以下だ。
○「人の禽獣〔きんじゅう〕に異なる所以」

『凡そ生まれて人ならば、宜しく人と禽獣に異なる所以を知るべし、
蓋し、人には五倫あり、而して君臣父子を最も大なりと為す。』

安政二年三月『士規七則』

意味=だいたい、人間としてこの世に生を受けたのであれば、当然、
人間が鳥や獣とは違うというわけをしるべしである。
まさしく、人間には五倫、つまり父子の親、君臣の義、夫婦の別、長幼の序、朋友の信という。
人の常に守るべき五つのありようがある。
その中でも君臣と父子のあり方が最も大切である。

五倫とは父子、君臣、夫婦、長幼、朋友という人間関係の徳目だ。
別に『仁、義、礼、智、信』という五常という徳目もある。
これは、父には義、母には慈、兄には友、弟には恭、子に孝の五典と同義で、
儒教の根本倫理だ。

私は決して時代を逆戻りしようと願ってるわけでも、
単なる精神論だけで現実問題が解決するとも思っていないが、
民主主義が大衆迎合しないで、
五倫を身につけようと努力する大人が時には厳しく、
時には慈愛を持って発展成長させてほしいと願う。

私自身が出来てるか問われると出来てるとは言い難いが、
日々努力することだけは誓う。

皆さんは如何考えられますか?

2010年01月09日

分別の自分から無分別の自分へ飛躍することが幸福を呼ぶ

釈尊は「人間は助け合い支えあって生きてること」が前提だと解く。
ごく当たり前で、誰でもわかってると思ってるが、
実はわかっていないのが私たち凡人だ。

釈尊の教えで「布施」とは、
『あげた相手を忘れ、あげた品物を忘れ、あげたこの私自身を忘れえることができる』
これが本当の助け合いで、お礼で、恩返しだと諭す。

理屈は解るが出来ないのが私たち凡夫だ。
その理由は簡単だ。
私たちには二人の自分がいる。
1)お母さんの胎内にいたときの自分〔無分別の自分〕名無しの権兵衛

2)誕生して○○という姓名がついた自分だ。〔分別の自分〕伯井 守

日ごろ生きてるときは2)番の姓名のついた自分〔分別の自分〕で生きてるのが普通だ。
当然、好き嫌いもあり、損得も考えるし、善悪も少し他人とは違う自分だ。
この自分で対応する限り、
『人間は助け合い支えあって生きてる』、
という価値観は2〕番〔利他心〕になり、1)番の自分が先だ〔利己心〕。

そう考えることが「どこが悪い」というのかと考えるのが一般的だ。

たとえば『あの家に5千円の品物を送ったのに3千円しか返ってこない』
と腹を立てるのもごく普通と考える。

だから、
釈尊の言ってることは理想論で実践できないのが人間だと自己肯定することも出来るが、
それでは進歩がない。

仏法の中では、お金がなくても、モノがなくても相手を喜ばす方法があると解く。

それが『無財の七施』の実践だ。一番は他人だ利他行だ。
これを実践すると幸福を呼ぶこと間違いなしだそうだ。

1、顔施=やさしい目で人に接する
2、和顔施=にこやかな顔で接する
3、言辞施=優しい言葉で接する
4、身施=自分の身体で出来ること奉仕する
5、心施=相手の人の心になって思いやる
6、床座施=席をゆずる
7、房舎施=自分の家を提供する

さて、プライバシイ-だ個人主義だといわれる昨今、
他人にこんな風に接せれる社会を築きたいものだ。

経済も一万円が一万円の使い出があると言う信用が保障されてることを前提で行われ、
みんながその信用を守ってるから社会が成り立っていて、無法者、ならず者を排除されるのだ。
現代を無縁社会というそうだ、
というのも単身者の世帯が20年後には37%になると予測が出てる。
ますます独居老人が増え孤独な最後を迎える時代がやってくる。

個人個人と権利ばかり主張して本当に自分が守れる社会になってるのか疑問だ。
現実は人間同士の不信感が拡大する世の中になっていないだろうか?

みなさんは如何考えられますか?

2010年01月06日

心温計ってご存知ですか?

体温計はみなさんご存知ですね!?
もちろん体温を測るためのものだ。

子供の体温は高く37度あり、
人間も歳を重ねると体温は下がってくる。
出来るだけ体温を上げることで免疫力が高まり、
健康が維持できると言うのが最近の説だ。

身体そのものへのアプロ-チの健康管理には、
体温計に始まり、運動やサプリメントや断食療法などなどがある。

昔から『心身一如』という言葉があるように、身体の管理も大事だが、
心の管理も同時にやらねば、人間は充分な力を発揮できないのである。

その心のバランスが取れてるかどうかを計るのが『心温計』だ。
この発想は、まだま村の村長・立花之則氏のものだ。
具体的な心温計の目盛りについて考えると、孔子が思い浮かんだ。

孔子の十哲のなかの一人に「子路」と言う人物がいる。
この男はずけずけものを言って、直情径行型の行儀が悪く、
でしゃばりな男なので、孔子が諭すことになった。
それが『六言六弊(りくげんりくへい)』の教えだ。

1〕仁を好みて学を好混ざれば、その弊は愚なり
〔仁を好むのはよいが、学問しないと盲目の愛になり、人に騙されたり、陥れられたりする〕

2〕知を好めども学を好まざれば、その弊や蕩なり
〔知は人間形成の礎になるが、真に見識を身につけないと、博学を誇るだけのとりとめもない人間になる〕

3〕信を好めども学を好まざれば、その弊や賊なり
〔信を重んじるのはいいが、条理をわきまえないと、物事を破り損ねてしまう〕

4〕直を好めども学を好まざれば、その弊や絞なり
〔絞は首絞めるように窮屈なこと。正直はいいが学問しないと、馬鹿正直で頑固者の人間になる〕

5〕勇を好めども学を好まざれば、その弊は乱なり
〔勇ましいのはいいが、学問をしなければ、ならず者になり世を乱す〕

6〕剛を好めども学を好まざれば、その弊や狂なり
〔強者である事はよいが、学問による反省がないと、いたずらに力を振り回す狂者になる〕

どんなに美徳のあることでも、学問による鍛錬をしないと悪弊となる。
二千五百年前の孔子の教えは、現代にも通じる。

現代の経営者では、京セラ創業者の稲盛和夫氏が以下のように表現される。

『人生・仕事の結果=考え方〔-100~100〕×熱意〔0~100〕×能力〔0~100〕』

簡潔だが、特に考え方をプラスの、良い心を持つように断言される。
良い心の条件=前向き、肯定的、協調的、明るい、善意、思いやり、真面目、
       利他行、感謝、努力、建設的。
この逆はマイナスを持ってはいけない悪い心で、
この方程式は掛け算だから、結果もマイナスになると断言される。
どちらも私にとっては出来てないので、反省の日々だ。

皆さんの『心温計』の目盛りは如何考えられてますか?

2010年01月05日

奇跡起こしませんか?

奇跡=常識ではありそうもない出来事、不思議なこと。

『宇宙には精神がある』
と言ったのはアルベルト・アインシュタインだ。

人間にも精神があり、人間社会を作ってるのだから、
宇宙を作ってるのは宇宙の精神だと考えるのが妥当だ。

さて、その精神の基本的条件には損得、好き嫌い、善悪がないことだ。
人間が勝手に思ってるだけの価値は人間のもので、時代とともに変化する二元論だ。

宇宙は一元論だ。
宇宙と波長を合わせば、人間にも奇跡を起こせる。

斉藤一人さんは、奇跡を起こすには自分に言い聞かす呪文があると言う。

『困ったことが起きたら、面白いことが起きたと言ってごらん!奇跡が起る。』

至道無難禅師曰く、
『至道無難 唯嫌揀択〔ユイケンケンジャク〕』
意味=人生を生き抜き達人になるのは何も難しくない、
ただ、好き嫌いを言わないことだという。

宇宙は一元論だから絶対だ。
今しかない。
襌では真理=今・ここ・自己と言う。

常識は、人間が作った二元論だから、必ず裏表があり相対する。
人間に宇宙があわすことは出来ない、あわすのは人間のほうだ。

皆さんは如何考えられますか?