2010年03月02日
「学ぶこと」について
「学ぶ心」松下幸之助
「自分ひとりの頭で考え、自分ひとりの知恵で生み出したと思っていても、
本当はすべてはこれ他から教わったものだ。
教わらずして、学ばずして何一つ考えられるものでない。
幼児は親から、生徒は先生から、後輩は先輩から。
そうした今までの数多くの学びの上にたってこその自分の考えである。
学ぶ心さえあれば、万物すべてこれわが師だ。
語らぬ木石、流れる雲、無心の幼児、先輩の厳しい叱責、
後輩の純情な忠言、つまりこの広い宇宙、この人間の長い歴史、
どんな小さなことでも、どんな古いことでも、宇宙の摂理、
自然の理法がひそかに脈づいている。
「学ぶ心が繁栄へのまず第一歩なのである。
これが「道を開く」という著書に書かれている。
現代を生活する私にとって、
「学ぶこころ」が湧くために以下の三つの疑問を解決する必要がある。
1)何のために学ぶのか?
2)何を学ぶのか?
3)どうして学ぶか?
1)何のために学ぶかについて、
荀子が「本当の学問というのは、立身出世や就職のためでなく、
『窮して困(くる)しまず、憂えて意〔こころ〕衰えず、
禍福終始を知って惑わざるがためなり』が学問の第一条件だといってる」
それは『知命と立命』だ。
知命=艱難辛苦に直面した時にたじろがない、迷わない人間になること。
立命=『自ら靖んじ、自ら献ずる』内に向かっては心安らかになり、
外に向かって役立つ利他行をすることと教える。
2)なにを学ぶか?
これには三つある。自分学、人間学、社会学だ。
自分学=木にたとえれば,木の大きさや、実の大きさといった枝ぶり、
技術や知識といった能力で目に見える具体的なこと。
人間学=木にたとえれば、根っこの部分で何のためにという、
『知命』『立命』だ。目に見えない命のレベル。
社会学=木にたとえれば、木の植わってる土壌や光の具合といった環境だ。
仕事で考えれば、社会の仕組みだ。
人間で言えば回りの人や自然環境に感謝することだ。〔謙虚さを得る〕
3)どうして学ぶか?
これはやり方だ。
第一には、1)すばらしい人物に直接学ぶことが一番だ。
2)それがかなはない場合は、すばらしいと思う人の書に学ぶ〔古典〕。
第二には、学んだことを自分の体験を積みながら学ぶこと〔実践〕、
目的は実生活に生かされることだ。
人生の艱難辛苦、喜怒哀楽などあらゆるものを体験することで知行合一の境を行動できる。
人生は頂上のない山登り、理屈でなく実際に「できること」が大事だ。
反省、反省。
行動して、現実に生かされてこその学びだ。
みなさんは如何考えられますか?














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