社長ブログ

大阪石材株式会社 伯井です。

2010年04月24日

新入社員研修で話し考えたこと

『真剣だと智慧が出る
 中途半端だと愚痴が出る
 いい加減だといい訳ばかり』

知識=自分から吸収するものだから好き嫌いがあり自分の判断がある。
智慧=自分が置かれた状況を打破するために磨くものである。
(磨くのだから好き嫌いで判断するんでなく、
    今ある環境・状況を理不尽であろうがなかろうが、
    素直に受け入れ対応するから磨くとなる。)

自分が主体で責任もって、真剣に『聞く』『話す』『行動する』
何事も自分のこととしてインプットし、アウトプットすることだと話した。

ついつい熱が入って、私が社会人になって、
実際に体験した挫折の物語を話すことになった。

みんなの目は輝いていた。

考えてみると自然には直線がない、山も、川も、木もすべてが曲線だ。
しかし人間が作ったものはビルや、橋は直線を使ってる。
二点間を最短で結ぶ効率がある。
効率をいけないというつもりはないが、
仕事や人生が成就するのは曲線に違いない。

伝えたかったのは、自分の身体と心で体当たりで体験し、
曲がりくねってもいいから正解をつくっていくことである。

私の体験は直線でなく、道草だらけで曲がりくねっていた。

二十代の心境から察すると、心はエレベーターに乗って、
思い上がって最上階、理不尽に出会い失望、
挫折し地下何十階まで落ち込む連続でもあった。

何かの縁で出合った彼や彼女が、
他人や自然の理不尽なことや人間不信にあっても、
強くたくましく乗り越えて生き抜くことを願いたい。

それを支える座右の銘として、
西郷隆盛の『敬天愛人』という言葉を送り締めくくった。

真っ白な心の新入社員に若き時の熱い情熱を思い出させてもらった。
感謝、感謝、感謝!!

みなさんの仕事・人生の体験は如何でしょう?

2010年04月23日

時間旅行

ある新聞を読んでいて、『大人は時間旅行ができる』という文字が目に入った。
インドでは一生を『四住期』に分けて説明する。
1)学習期〔学び勉学する時期で25、6歳ぐらいかな〕
2)家住期〔家庭をつくる時期で30~35歳ぐらいかな〕
3)林住期〔社会で活躍する時期で55歳ぐらいまでかな)
4)遊行期〔何もかもわかって遊びながら人生を楽しむ時期かな〕

年齢は自分流に考えて当てはめたが、
いつの間にか遊行期の時期になる歳を重ねた。
さて、この記事の後半に仏教で教える真髄が書かれていたので紹介する。

『生きれば生きるほど、人生は多彩に彩られていく。
 苦しみも悲しみの記憶も時を経て醸成され、コクを増していく。
 許せなかった出来事もやがて許せるようになり、
 憎んだ人も懐かしく思い出す。
 大人になるとはすべてに許す心を持ち自由になることだ。』

「許す」とは自我を捨てることだと教える。
子供の自分と大人の自分が同居し、少しづつは許せる自分ができてきた。
時に振り回されるのでなく時を振り回す時間旅行の遊行期を過ごしたいものだ。

みなさんは今どの期を過ごされ時間旅行してますか?

2010年04月21日

クロックマン

佐藤安太さん86歳は昨年工学博士を山形大学で取得された、
「リカちゃん」人形で知られてる現タカラトミーの創業者である。

クロックマンはおもちゃの時計だが、文字盤と秒針分針がない。
10センチの真っ黒な立方体に色つきゴムで顔の表情をつくるようにできていて、
なんと声を出して話するのである。

気が聞いてるのは、A型、B型、O型、AB型とあって、
血液型によって、話す中味が違うのと、
季節によっても違う台詞が仕込まれた優れものだ。

独身の人にはお友達感覚が味わえる。
ただし、反抗したり、否定語は使わない会話だから双方向通行の現実とは違う。

戦後『時は金なり』と経済の効率を求め、
1980年代にはジャパン イズ NOワンといわれて久しいが、
競争の質が変わってきたのに、教育の質の方向が違ってると嘆かれてる。

『製品の競争』から『質の競争』へ、モノづくりは発展したが、
現在は『人材競争』の時代だと断言される。

ある小学4年生の男の子に『君は将来何に成りたい』と質問したら、
『気楽なフリーター』と答えたという。
お隣の韓国では、あらゆるものをナンバーワンめざし、
自分なりのオンリーワンを確立する競争をして夢を持ってる。

日本はナンバーワンにもオンリーワンにもならない非競走を選ぶのが個性だと、
間違った教育がはびこってると嘆かれる。

私も同感である。
民主主義は自己責任が基本で国家の主役は国民(自分)であり、
大人の集団を目指し発展してきたはずだ。

「個性」と「わがまま」は対極にある。
個性=磨くもの
わがまま=磨かないで現状容認を望む

ダーウインは
『強いものでもない、賢いものでもない、
 環境に順応するものだけが生き残る』と進化論で言ってる。

クロックマンが教えてくれるのは、
『製品の競争』や『質の競争』という自分の外に働きかけるものだけでなく、
『人材の競争』の時代は自分のうちに目を向けることだろう。
時計には文字盤と秒針、分針があるという概念が打ち砕かれ、
文字盤のない全く新しい型のお話しする時計が出来上がったのだ。
固定観念の打破、創造的破壊だ。

発想を柔軟にすれば未来の道はまた開けると確信する。

皆さんは如何考えられますか?

2010年04月20日

心温計ってご存知ですか?

病院に行くといつも不満に思うことがある。
血液検査に始まり、血圧、体温計、レントゲン、心電図とまわる。

身体のチェックはあるが、心のチェックの心温計の検査がない。
仏教学者中村元先生は友人に『仏教とは一言でどういうことや』と質問され、
『温もり』とお答えになったそうだ。
だからこそ、一番大事なのは心温計に違いないが、病院にはその検査はない。

さて、1330か1331年ごろに書かれたという吉田兼好の『徒然草』は、
日本人の心温計になるのではないかとここに紹介する。

その冒頭は『つれづれなるままに、日ぐらし、硯にむかいて、心にうつりゆくよしなし事を、
そこはかとなく書きつくれば、あやしゅうこそものぐるほしけれ』

つれづれ=ボーっとする、止観する。
このメインテーマは無常観だ。

無常観には二つある。
1〕詠嘆的無常観=生活、社交、学問、技能に疲れて感じる虚しい感情のこと。
2〕実相的無常観=原理的に変化し、運動し何事もとまらない事実と受け入れる。

変化しめまぐるしく動く世の中、
無常の中を常を求め生きることこそ楽しいと言うのだろう。

欧米生まれの経済活動(資本主義社会)の中で生きるには、
お金のお金に押しつぶされないで確固とした心温計をもつことが不可欠だ。


経済と道に悩むのが人間の姿だと闊歩する二宮尊徳翁の言葉が胸に刺さる。
『経済のない道徳はたわ言、道徳のない経済は罪悪』

詩人の吉野弘さんは、
『他人を励ますのは気楽です、自分を励ますのが大変なんです』と語る。
実は自分を励ます灯火で、他人の心身にともせた時『温もり』が生まれ、
自分に心温計ができ、病院に不満を言うことはなくなるのだろう。

志を持って、世の中に役立つ利他行を積み重ねる過程に磨かれ練りあがるに違いない。
意味のないことをやり続けるから意味ができてくるのだ。

大人になると合理性や意味ばかり考えるだけで行動しないようになるようだ。
自分を励まし行動することが一番であることは間違いない。

皆さんは如何考えられますか?

2010年04月16日

懐徳堂100周年供養に参加して

4月3日に上本町にある誓願寺さんに、
懐徳堂100周年の供養に行ってきました。
現在は大阪大学が中井家から資料をすべて寄贈され、
懐徳堂の運営がされてるようだ。
この寺には井原西鶴の墓もあり、現在も法要がなされている。

供養ですから仏式でやりましたが、
懐徳堂は江戸時代の享保9年〔1724年〕に大坂商人五同志が、
三宅石庵先生を招き民間学問所としてスタートしたときは、
朱子学や陽明学ごっちゃにまざっていた。

その後、幕府公認となり朱子学を基本に明治2年〔1869年〕まで続いた。
当時は江戸の昌平校をしのぐ時もあったという。

明治44年〔1911年〕中井天生が漢学者西村天囚の発議で再興した。
その100周年に当たる。

当時は士農工商という身分階級があり、
商人のお金儲けは下衆っぽいと考えられてる時代背景だった。
だからこそ、本当の商人道は『利のもとは義なり』といって、
約束を守り、筋道が通し売買する。

社会の経済流通のお役立ちで、
お金儲けは世間にお役立つ正当なもので、
武士の「録」と同じだと、真剣に四書五経を学んだのである。
ここに、商人道として恥ずることがない教養も身につけて行った。

特に儒教の中でも基本となる『仁』思いやりを実践する『礼』を重んじ『義』を貫いた。
紫式部は『源氏物語』の中で、『和魂漢才』といって、
和の魂をもって諸外国の学問を身につけるのが一番良いと書いたように、
江戸時代にはすべての階級が学んだといえる。

明治に諸外国から来た人々はこんなに礼儀正しく、
親切で相互扶助のできる日本人に感動したと記されてる。

私の幼いときにも、『おはようございます』『いい天気ですね』
『お先におやすみ』『お先にどうぞ』『いただきます』『いかがですか』など、
相手を気遣う言葉かけが普通だった。
丁寧語や敬語が自然と使われた。

もちろん不条理なこともあったことは事実だが、
「世間体」第一で「和」をもってまとめていくのが、
日本文化の人と人の仲良くする掟だった。
今風のアイデンティティーは欧米の社会背景の言葉で、
ごく最近の戦後の20年代~40年代生まれの人には自然と、
他人のことを自分のことのように考える風土があった。

今、この風土が崩壊し、世間体を気にするしきたりが形式化し、簡素化の方向にあり、
地域のコミュニティーが崩壊してきて、新しくそれに変わるものができていないのであろう。
実際、お正月にしめ飾り、葬儀の弔い方、喪に服すなどの習慣が大きく変わってきてる。

私は今こそチャンスだと思う。
もう一度歴史に学び、助け合いの新しい人間関係つくり、
一人一人が活気と希望に満ちた明るい表情の風土をつくりたいものだ。
まずは自分から!

皆さんは如何考えられますか?
 

2010年04月14日

「ありのまま」という見方

『相逢って 相別れ 去来白雲の心
 唯、霜をとどめるも跡は無し
 人間訪ぬべからず』
    良寛

25年前に寺尾勇先生から教えてもらった詩で、
当時は人間が人間を否定する虚しい詩に思えた。

今、世界ではテロリストが核を持ったらどうするか議論され、
パレスチナとイスラエルの問題も骨肉の争いなっているのも事実だ。

江戸の禅僧・良寛さん〔1758から1831〕は、
子供とたわむれ、ありのままを生きた人のように感じるようになった。

この詩は決して虚しいものではなく、
事実をありのままに受け入れる積極的な無常観がある。

言い換えれば「こだわり」がない。

イスラエルにしてもパレスチナにしても、
『やられた』と思えば腹が立ち、復讐心が起き、
逆に、『やった』と思えば自分の心が暗くなって、
やりきれなくなるのが普通だ。

出来事が「起こった』と思えば、
人間の「やるがわ」「やられるがわ」という対立構造はなくなる。

子供が新しいおもちゃを楽しんで遊んでいるうちに壊れた時、
大人は意図があると判断する。
『おもちゃは勝手に壊れない』お前が壊したと迫るのが普通だ。
事実は夢中になっていて『壊れた』んだ。

仏教が教えるのは、事実をありのまま受け入れる見方革命のことである。

世界が平和であることを心から願うとともに、
人種、国を超え『ありのまま』の積極的意味を体得し、
平和を実現して後世に残すのが私たちの使命であろう。

皆さんは如何考えられますか?

2010年04月13日

中庸の話

先日、伊與田覺先生のお話を聞く機会がありました。
論語を普及させておられ、今回で605回の会合で、
月に一回だから50年は続けられてることになる。
さて、孔子が一番大事にされたのは言うまでもなく、
『仁』『礼』『義』であるが、
行動において、もっとも重用しされた概念は『中庸』であると話された。

『中』=結ぶ、創造する、当たる、調和という意味だそうだ。
    具体的に言葉を並べると理解が深まるので列挙する。

    的中、時中〔タイミング〕、中毒〔悪いものに当たる〕
    心中〔こころを結ぶ〕などがあげられる。

ややもすると中途半端や50対50の意味と間違うが、
中庸の『中』は偏らないという意味であり、
中庸の『庸』は平常で「平凡」と「恒常」の意味が含まれてるということであった。

現代の私たちにとって行動の基本的なものさしであるが、
私たちはややもすると、正しい答えを外に求め、
自分の中で創造する事であることに気づかない。
仏教ではこれを「中道」といい、
「随所に主なればいたるところ真なり」と教える。

主観的な我田引水の行動でなく、考えが行動に溶け込むで表現されるであろう。
頂上のない山登りの修業中であることだけは確かだ。

皆さんは如何考えられますか?

2010年04月09日

不純なる「布施」

松下幸之助さんは『お役立ち』することが仕事をする姿勢と大切にされ、
自分の技能や知識を高め磨き、行動に専念することを凡事徹底された人物である。

私たちは、それに見習い『利他行』を第一義に考え仕事をするため、
役に立つ情報〔智慧〕や行動をすることを優先する仕事の姿勢を、大切にしている。

現実は自分の仕事を説明したり実際に高技術で物を作ること、
さらに物を運び流通・販売や事務的な処理も大事だが、
情報化社会の現代は人間関係構築能力のほうがさらに重要である。

この人間関係性は、仏教的に解くと『布施』になる。
実際の修行徳目は六波羅蜜といって六つの実践内容があり、
相手がある行為は「布施」だけである。

他の五つは自分でできる。
ちなみに紹介すると、
『智慧』『精進』『持戒』『禅定』『忍辱』である。

「布施」といわれても具体的に何をするかというと、
難しいことではなく、ごく当たり前のことである。
1〕財施=モノや金品を与える。
2〕法施=物の道理、法則を与える。
3〕無畏施=恐怖心を取り去り安心を与える。

これはすべて子供のころ母から与えられたものばかりであり、
家族や親戚、ごく親しい人には今でも行っている。
もし私に「誰にでも出来ているか?」と問われると『ハイ』と即座には答えにくい。

さてもう一歩進んで、お金がかからない『無罪の七施』というのがある。
1)眼施=優しい目は暖かい心
2)和眼施=穏やかで、喜びを素直に表す表情
3)愛語施=優しい言葉、思いやりのある態度の言葉
4)身施=自分の身体で奉仕すること
5)心施=他人のために心のそこから悲しむことや喜ぶことができること
6)床座施=自分が疲れていても電車でせき譲る、競争相手に地位譲る行為
7)房舎施=風や雨をしのぐところ与える、思いやりの行為

上記の布施もできていないのだが、逆にやってはならない『布施』がある。

「倶舎論」に『不純なる布施』として書かれてる〔5世紀ごろインド〕
1)隋至施=あまりしつこく言われるので、してしまう布施
2)怖畏施=それに応じておかないと、どうも不安になりそうだといった不安から来る布施
3)報恩施=昔に受けた恩を返すための布施
4)求報施=返礼を期待してする布施
5)習先施=慣習となっており、先例があるからしなければならない布施
6)希天施=その功徳によって天界に生まれたいと思ってする布施
7)要名施=自分の名声を高めようとしてする布施

この七つはしないほうが良いという。

皆さんは如何考えられますか?

2010年04月02日

自分が逃げない限り夢は実現できる。

『一心の虚空はもとよりこのかた常住にして不損不減成り。』

  (吽字義・うんじぎ)
空海はこの意味を次のように解く。
『どんなにこころが煩悩に覆われ、慢心がのさばっても、
 悟りという絶対の領域はどこへも動かず同じところにとどまり、
 壊れたり減ったりしてしまうことはない』

我々凡人は悟りの世界へ修行するわけではない。
自分の人生が幸福に持続することを願い、夢を抱く。
夢=悟りと置き換えることができる。

夢中にやってるときは不安や心配や恐怖がわいてこない。

ところが、夢中になるものがなくなった時、
「生きる」ことへの不安や恐怖が浮かび上がるように人間はできてる。

空海も悟りは逃げないことに気づき、
自分の心を外から見て客観化したのだろう。

空海の伝えたかったことは、

『自分が逃げない限り、夢は実現できる』

いつも逃げるのは、自分であり、夢ではない。

それは以下の三つの状態のときである。
1)自分が怠惰な気持ちに負けたとき。〔傍観者で主体性の無さ〕
2)コツコツやり遂げず、時間にせっかちになるとき〔忍耐力の無さ〕。
3)体とこころのリズムが狂ってもやろうと無理する時〔呼吸のバランスの無さ〕。

さて、江戸時代の沢庵和尚は死の間際に『夢』と大書し、
道元禅師も『夢中に夢を説く』といい、
信長は『人生五十年、天下のうちをくらぶれば夢幻のごとくなり、
            ひとたび生を享けへせぬもののあるべきか』
という謡い「敦盛(あつもり)」を好んだという。

空海は一心(悟り)は逃げなく、
今に集中して命がけに生きろ〔行動しろ〕と解く。

言い換えると、我々凡人にとっての『夢』は逃げないということである。

ここで現代の空海とまでは言いすぎだが、面白いエピソ-ドを紹介する。

その人の名は長渕剛である。

ある映画で、長渕と競演した哀川翔は長渕に演技指導を求め、
『長淵さん演技するのにどうすればいいですか?』

長渕はじっと哀川を見つめ、
『台本なんて、所詮作り事だ、せめて演技は心込めてやれ』

私たちの人生や。仕事のプランも未来のことで夢である。
しかし、計画を実行するときは、
せめて心込めて行動を積み重ねろということと同じだろう。

一流の人は見かけでは判断できない深い価値観をもってると感心させられた。

皆さんは如何考えられますか?