2010年04月13日
中庸の話
先日、伊與田覺先生のお話を聞く機会がありました。
論語を普及させておられ、今回で605回の会合で、
月に一回だから50年は続けられてることになる。
さて、孔子が一番大事にされたのは言うまでもなく、
『仁』『礼』『義』であるが、
行動において、もっとも重用しされた概念は『中庸』であると話された。
『中』=結ぶ、創造する、当たる、調和という意味だそうだ。
具体的に言葉を並べると理解が深まるので列挙する。
的中、時中〔タイミング〕、中毒〔悪いものに当たる〕
心中〔こころを結ぶ〕などがあげられる。
ややもすると中途半端や50対50の意味と間違うが、
中庸の『中』は偏らないという意味であり、
中庸の『庸』は平常で「平凡」と「恒常」の意味が含まれてるということであった。
現代の私たちにとって行動の基本的なものさしであるが、
私たちはややもすると、正しい答えを外に求め、
自分の中で創造する事であることに気づかない。
仏教ではこれを「中道」といい、
「随所に主なればいたるところ真なり」と教える。
主観的な我田引水の行動でなく、考えが行動に溶け込むで表現されるであろう。
頂上のない山登りの修業中であることだけは確かだ。
皆さんは如何考えられますか?














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