社長ブログ

大阪石材株式会社 伯井です。

2010年04月14日

「ありのまま」という見方

『相逢って 相別れ 去来白雲の心
 唯、霜をとどめるも跡は無し
 人間訪ぬべからず』
    良寛

25年前に寺尾勇先生から教えてもらった詩で、
当時は人間が人間を否定する虚しい詩に思えた。

今、世界ではテロリストが核を持ったらどうするか議論され、
パレスチナとイスラエルの問題も骨肉の争いなっているのも事実だ。

江戸の禅僧・良寛さん〔1758から1831〕は、
子供とたわむれ、ありのままを生きた人のように感じるようになった。

この詩は決して虚しいものではなく、
事実をありのままに受け入れる積極的な無常観がある。

言い換えれば「こだわり」がない。

イスラエルにしてもパレスチナにしても、
『やられた』と思えば腹が立ち、復讐心が起き、
逆に、『やった』と思えば自分の心が暗くなって、
やりきれなくなるのが普通だ。

出来事が「起こった』と思えば、
人間の「やるがわ」「やられるがわ」という対立構造はなくなる。

子供が新しいおもちゃを楽しんで遊んでいるうちに壊れた時、
大人は意図があると判断する。
『おもちゃは勝手に壊れない』お前が壊したと迫るのが普通だ。
事実は夢中になっていて『壊れた』んだ。

仏教が教えるのは、事実をありのまま受け入れる見方革命のことである。

世界が平和であることを心から願うとともに、
人種、国を超え『ありのまま』の積極的意味を体得し、
平和を実現して後世に残すのが私たちの使命であろう。

皆さんは如何考えられますか?