社長ブログ

大阪石材株式会社 伯井です。

2010年06月23日

空について

般若とは仏の智慧をいい、五蘊とは肉体のことを言う。
肉体を持ってることで分別が生まれる。
善だ。悪だ、右だ左だ。
自分からモノを見る見方でも、
いつまでも右は右として固定してるかというと違う。
たとえば、自分にとって運動場は広い方がいいに決まってる。
狭い方は選ばない、
しかし運動場を掃除するとしたら狭い運動場がいいに決まってる。

言い換えると肉体を持つ自分は見方によって事実が二つになる。
実に立場や条件によって運動場も広かったり狭かったりする。
真理はそう頼りなかったら困るのである。
そこで肉体を離れて見る見方で、普遍的な概念はないかとなる。

それが「空」だ。
『空』=有無を超越した概念。
言い換えると自分を木にたとえると、その栄養は大地からくみ上げるのである。
この自分と言う木(肉体)を離れないと大地という自分のになれない。
(あくまでもイメ-ジである)
『心頭を滅却すれば火もまた凉し』という言葉があるように、
肉体を離れた世界のことだ。
人間は痛みも喜びも脳から指令される仕組みになってるから、
脳に「自分は大地だ」とイメ-ジをさせることにより、
善悪、損得、好き嫌いといったは分別を離れ(肉体をも離れる)
ニュ-トラルな心境(大地になって)で物事を客観化できるのである。

また、よく「天地と我は同根」という言い方をするが、
自然と同化する自分作りこそ『解脱』である。
善悪をとわず包み込む大宇宙の魂を持つことを良しとする文化でもあるのは、
これからの地球環境を保全する哲学には必要な見方に違いないと確信する。

皆さんは如何考えられますか?