2010年06月30日
そろばん哲学
イエローハットの鍵山さんが若いころ手にし、
何回も何回も読み返した「座右の書」が下村湖人の『青春の思索のために』という本だ。
そのなかの随筆の一章に『そろばん哲学』が紹介されてる。
「人と物、人と人」の基本は「愛」であるという哲学だ。
そろばんだから合理的な拝金主義者の哲学かというとそうではない。
もっと人間味があり謙虚で品格がある。
人間関係と物を生かすことを考えておられる。
1)引き算と割り算は人間と人間との関係ではあってはならないと断言され、
人生の営みは、すべて足し算と掛け算で行きたいといわれる。
こんな人物1)自分が大将にならなければ気がすまない人
2)他人を批評してけちをつけたがる人
3)そねみ深い人
4)一言居士
白痴や怠け者はせいぜい人生の引き算だという。
ところが上記の人は人間関係を壊し、割り算する害だというのである。
この哲学のもっと奥深く面白いのは『一』と『ゼロ』は、
掛け算の人生にとって恐ろしい人間だと評す。
『一』は孤立主義で一になに掛けても一で孤立するのである。
もっと悪いのは『ゼロ』だ。なにを掛けても『ゼロ』になるから、
人生の裏切り者にである。
さて、掛け算の人生を送るには、人間は二から九の数字になれと教える。
誰でもなれるし、そこには「愛の計算方式」がある。
『一人前以上の体力とか知力を指すのでなく、
心に愛があればそれで二以上の力がでる。
なぜなら愛というのは自分だけのことでなく、
必ず二人以上の人間のことを考える力だからだ。
さらに、突っ込んでこの掛け算人生は人間と物の間でも、
愛を掛けると物が経済価値だけでなく、
物の中の生命を認め、愛を持てば、単なる物でなく詩ともなり宗教ともなるという。
宇宙のあらゆる物が、人間がその気になれば、もっと生かされるが残念ながら、
愛が足らないので足し算はできても、
掛け算になってないのが現実であるとおっしゃられる。
イエローハットの鍵山さんは12年掛け自主的に掃除をする風土をつくられ、
その倍の24年で全国、世界に掃除の会が伝播し自発的に発足された。
凡時徹底の影響力こそ、人間も物も生かす掛け算人生である。
自分の経営の現状を見ると、
ほんとに愛が足りないのだとつくづく考えさせられ反省だ。
皆さんはこの話し如何考えられますか?














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