社長ブログ

大阪石材株式会社 伯井です。

2010年07月16日

信じれる自分をつくる。

親兄弟は信じれるのが一般的だが、
それに裏切られて信じられない人も世の中に入る。

そんな経験の持ち主に他人を信じなさいといえるだろうか?
ではそんな人が信じれるのは何かといえば『宗教』である。

『宗教』はすべてに平等で差別しないことと、
現状の自分をそのまま絶対肯定してくれることである。
人間だから良いも悪い面もあるに違いないが、
信じれる対象を与えてくれるのが『宗教』である。

逆に言うと自分を100%認めれると信じる安心が、
結果、無意識に自分を信じることになり、
自分100%肯定の大安心が得れるのである。

『信じれば安心し、安心すれば脱力する』

イチローがメジャーリーグで活躍するあの脱力したフォームは、
誰にも負けない努力の結果ではあるが自分を信じてるからできるのである。

私が、ここ一番の本番であの脱力ができ、
練習の時のように軽く打てるかと考えると、
あのフォームをコンスタントにはできると言い切れない。

イチローが宗教をもってるかは知らないが、
少なくとも練習によってできた自分を信じる力が脱力させてることは確かである。

コンピュータの発達した現代は対人関係に悩みストレスから病気になる人が多い。
バーチャルな世界での自己実現がリアルの世界ではできないからだ。

リアルな世界では「努力と時間のモルト」が必要充分条件であるからだ。
バーチャルの世界のように瞬間移動はできない。

リアルな世界で、他人を信じれないのでなく、
瞬時に自己実現しない現実(リアル)に自分自身が失望し、
自信喪失し努力をあきらめるのである。

10年先20年先の成長した自分を楽しむ心の余裕と、平凡なことを非凡にする、
積み重ねの努力を忘れないで『信じれる自分をつくる』ことである。

緊張=信じてない肉体の反応(はじめてのこと、知らない人、はじめての場所)
弛緩=信じてるという肉体の反応(すべてを受け入れてくれる身内や親友、同志、宗教)

どんな時も弛緩(リラックス)できるには、
六祖慧能禅師の言う『禅定』の実践である。

『外、相を離るるを襌となし、内、乱れざるを定とす』
(外界で何があっても其れを気にせず、心の中でいろいろ妄想を持たず定まってる)

なかなか、こんな心境になれないのが今の私。

皆さんは如何考えられますか?