2010年07月21日
心の健康が一番
イマニエル・カントはドイツの大哲学者である。
彼はこんな言葉を残してる。
『幸福はモノに求むべからず、心に求めよ』
彼が大哲学者になれたのは自分の身体にあった。
彼は生まれながらのくる病(背むし)で、喘息もちであった。
親としては何とか身体を治したいと医者に見せたのは言うまでもない。
ある日、町に来る巡回医者に少しでも苦しみをやわらげたいと見てもらいに行った。
医者は『気の毒だな!身体を見ただけのことだ。だがあなたは、心はどうでもないだろう。
苦しい辛いといったところで、この苦しい辛いが治るものじゃない。
あなたが苦しい辛いといえば、おっかさんだっておっとさんだってやはり苦しい辛いわ
ね。
言ってもいわなくても何にもならない。言えば言うほどみんなが余計苦しむだろう。
苦しい辛いというその口で、心の丈夫なことを喜びと感謝に考えればいい。
身体はともかく、丈夫な心のおかげであなたは死なずにいきてられるんじゃないか?
死なずに生きてるのは丈夫な心のお陰なんだから、
其れを喜びと感謝に変えていったらどうですね。
そうしてごらん。私の言ったことが解ったろう。もし解らなければ、あなたは不幸だ。
これだけがあなたを診察した私の、あなたに与える診断の言葉だ。
解ったかい。薬はいりません。お帰り』
カントは『心は患っていない、それを喜びと感謝に変えろ、とあの医者は言ったが、俺は今ま
で、喜んだことも感謝したこともない。それを言えというのだから言ってみよう。
そして心と体とどっちが本当の自分なのか考えてみよう。
それが解っただけでも、世の中のために少しはいいことになりはしないか』
健康はあるものではなく創るものだ。
それは心が決める。
易経では『健体康心』といって健やかな体と安らかな心を自ら養えと教える。
極め付きは至道無難禅師の言葉だ。
『迷いとは此の身に使われ、悟りとは此の身を使う』
此の身に使われ主体性をなくさないように努力はするが、まだまだできてない私。
しかし、カントは背むしと喘息のわが身を使いこなした人物に間違いはない。
皆さんは如何考えらえますか?














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