2010年07月31日
鏡の使い方
今日、襌文化研究所所長の西村恵信先生から本が届いた。
7月20日発刊のできたて、ほやほやの本だ。
タイトルは、人生を悔いのないものにする参考書『生き方 死に方』。
その中に鏡について書いてある箇所が二つあった。
1)人間と猿のちがいは二足歩行、文字、火を使う、鏡を見る(思春期)であるが、
家を建てるなら設計図があって、現実建てていくから理想的になるという。
ところが人間は逆で、現実の自分の形があって理想をつくっていく、
鏡の中の自分は理想の自分である。
この二つの自分を持てば苦しいだけで、しんどい人生になる。
人間とはもともと矛盾してる存在だと気付くことであり、
楽しい人生=現実そのままの中にすばらしいものを発見することが襌だと解く。
2)『晴れてよし 曇りてもよし 富士の山
もとの姿は 変わらざりけり』
この歌には毎日のように「変わる富士の景色」と、
一貫して「変わらない富士の山そのもの」とが同時に歌われtる。
この古歌を山田無門老師は『鏡のような柔軟なこころ』=平常心と解かれた。
どんな状況であれ、その場その場の状況を淡々として受け入れていくことだそうだ。
だから、いつまでも昨日のことを後悔したり、明日のことを愁うることをしない。
『笑っていても泣いていても、シャッターをきられたら写真だ。
どんな顔でも真実の自分が写るのだから写真というのだ。』
平常心=不動心といってもいい、何事にも動じない頑なこころではない、
むしろ何事をもそのままに受け入れる柔軟なこころのことである。
「柳に腰折れ無し」というのも柔軟な心構えを教えてることわざだろうが、
どうしても頑固にこだわるのが主体的で立派な態度だと錯覚してるのは私だけだろうか?
みなさんは鏡の使い方如何考えられますか?














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