2010年08月12日
盆供養 ・薬師寺東院堂にて
お盆は仏教の行事で『盂蘭盆会』(ウラボンエ)という。
梵語では「逆さ吊り」という意味で、
『ウランバナ』という言葉を漢字に音写したものである。
逆さまに吊り下げられるような苦しみに会ってる肉親を救う法要である。
御釈迦さんの弟子の目連尊者が神通力によって、
亡き母が餓鬼道に落ち、逆さ吊りにされて苦しんでることを知り、
お釈迦さんに相談したら、
『夏の修行が終わった7月15日(旧暦)に、
僧侶を招き、多くの供物をささげて供養すれば母を救うことができるであろう』
とおっしゃられたので,尊者が法要を行ったところ、
その功徳で母が極楽往生が遂げられたという話に由来し、
父母や先祖に報恩・感謝をささげ供養を営む日となった。
もう25年ぐらいになると思うが、薬師寺の東院堂にて盆供養をするのが恒例だ。
今年も39名の人と般若心経を30巻、先祖と両親に感謝の気持ちを込めて唱和してきた。
約一時間、汗びっしょりになるが清清しい気持ちを味わった。
その後、安田英胤長老から、現代日本は感謝と尊敬が失われ、
自分にも自信を喪失してることを数値を並べ説明された。
1)先生を尊敬する。
中国80.3%、アメリカ82.2%、韓国82.9%、日本21%(世界の平均は72.3%)
2)親を尊敬する。
日本25.2%(他国の平均は80%)
3)自分をダメな人間だと思ってる。
中国13%、アメリカ22%、日本66%
大正生まれの両親は『もったいない』『始末しろ』ということを、
食事の時など米粒を残すと『お百姓さんの悪い」といって茶碗の米粒取らされた。
われわれ人間は自然の恵みで生かされてることの自覚を呼び覚ます意味ではいい言葉だ。
江戸時代には幕府の事を『公儀』といった。
西川如見の『商人嚢』によると、
『公儀をおそれ慎むことは、下にいる人にとって第一に肝要である。
公の字はおうやけと読んで、天理であって、私がないことである。
天使は万民の上におられて、天道のご名代であり,天道をおそれ慎み、
万民を教え誡め給う役割をもっておられる。・・・・・・中略・・・・・・
私事からでたものでなくい。だから宮中の事を公儀というし、・・・・・・』
公=私がなく天理にかなってるサムシンググレードということだ。
幼いころ悪いことしたら母から『お天道さん』が見てるといわれたり、
お土産をもらったら、必ず仏さんにお供えしてから、『仏さんからもらい』
と言われ、生活の中に人間を超えた存在(サムシンググレート)があるように育てられた。
警察や公務員や教師それに年長者(親も含め)は、
われわれ凡人を救ってくれ、
「天道」や「天地の理」を理解した人として無意識に尊敬していたが、
あらゆるものが戦後労働者になり、尊敬の対象でなくなりつつあるのが寂しい。
医者と弁護士は少しは尊敬される人物だろうが、
最近のニュースを見ているとそれも疑わしくなる。
『報恩感謝』が幸福への扉であることを考えさせられる一日であった。
皆さんは如何考えられますか?














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