社長ブログ

大阪石材株式会社 伯井です。

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2019年02月05日

「恩の世界観」と「独立自尊の世界観」のハイブリッドな哲学観の時代

「受けた恩は石に刻め 与えた恩は水に流せ」ということわざがある。
無意識にこのことわざをを守って生きてきたように感じる。

義務教育は誰でも学区が決まっていて、住んでいるところで決まる。
自分の意志ではない。
高校の時初めて受験があって、私学だ公立だと選べたが、
兄が行けという私学へは行けなかった。(両親が面接に付き添わなかった。)
両親はお金のかからない公立に行ってほしかったようだ。
学力もなかったが、担任の堀先生に放課後特訓で試験問題を個人教授してもらった。
その甲斐あって入学できたが、自分の実力ではなかったと今でも思っている。

大学入試の時も高校三年の担任の岡本先生が受験ばかりでなく、高校生活楽しむことだといわれ、生徒会の役員を買って出て見事浪人した。
次年度の大学入試は友人が誘ってくれたのでなんとなく行く受け身の選択だった。

就職の時期になって仕事を決めるのも漠然として建設関連がいいと思って金物屋さんに行った。
それも名前がかっこいいと思っが数か月で退社して挫折感を味わった。
運よく大学の学長のゼミだったので、竹内先生を頼って就職の世話をしてもらった。
一事が万事こんな調子で生きてきた。

私の友人のように自分の人生を自分でデザインして、必要な知識を身につけ主体的に現実化させていく生き方ではなかった。
人生の節目でお世話になった人に迷惑をかけてはいけない、何か恩を返えすべきだという気持ちの受け身な主体性だ。

日本の神話にその答えを見出すことができる。
西洋のように神が世界を作ったという世界観でなく、
天地ができてから神が登場するのが日本の神話だ。
神様も与えられた環境を受け入れ、それを天命と思い受けて立って働くのである。

夢をもって好きなこと得意なことを自由に選択して自分の人生設計する主体でなく、素直に現実を100%受け入れ、何が起こっても勇気をもって立ち向かってゆく主体を作る文化となった。

幼いころ、『悪いこと』をしたら『お天とさんが見てる』と、良心に恥じないかを問われるように叱られた。
たぶん欧米だと、『自分の決めたことを実行しない自己責任に恥じないのか』と、叱られるだろう。

戦後は自由と民主主義の世界観を良しとする陣営で日本は経済的に成長した。
イギリスで開花した資本主義経済を基本にしてきたが、現在世界的規模で問題になっている。
日産の会長カルロス・ゴーン問題は、まさに世界観の違いから必然的に起こった気がする。

昨年の現実に目を向けると、台風や地震で災害に見舞われている日本の事後の行動が、世界中で注目されている。
なぜ、日本人はパニックになっても奪い合いが起こらず、助け合って片寄せあう対処をする。
非常に冷静な行動であり、耐えているように映る。
それは天地に感謝している基本の神話に読み取れるのではないだろうか?
資本主義だ共産主義だというイデオロギー論争を超えて、東西が融合するハイブリッドな哲学観が望まれる。

皆さんはいかが思われますか?



2019年01月31日

「中村天風」学ぶ

ある経営者が30億の借金を抱え再建を余儀なくされた。
銀行にいって、5年で返すという経営計画を出した。
銀行は「利益の出ない会社ができるわけがない」と断言。

彼は給与も払えないかもしれないので、機械を与えて独立してもらい、
自分が受注をして、仲間として協力してもらうような仕組みの経営に変えた。
その自信は中村天風との出会いであった。
天風の身心統一法を自ら実践すればできると確信していたからだ。

27年の歳月が過ぎ、一日も欠かさず毎朝坐禅をして心身を統一し、
ひらめいたインスピレーションを具体化して現在は180億の上場会社に仕上げた。

それには三つの誓いがあった。
1.利他の心で行動する。
2.積極語しか言わない。
3.相手の人格を否定しない。

経営は結果の利益を出す事が大事だ。
それに、どんな仕事でも世の中の役に立つという信念を持ってかかる。
社員のおかげで経営ができるという謙虚な気持ちを持ち続けると語る。

何かきれいごとのように聞こええるが、そうではない。
中村天風のものの見方は真実をついているので紹介する。

1.幸せの定義
人間は「あんな着物がほしい」「あんな車がほしい」と願い、手に入る事が幸福だと思ってるが、それは違う。これは欲を満たしただけで、欲が満たされたらまた次の欲がでてきて、
その間はもだえ苦しむのである。
逆に言うともだえ苦しむ事がないことが幸福なんだと教える。
ただ現在与えられたものを持って満足する。分に安んずる習慣を身につける。(満足の習慣)
「あるがままの我あるよとして生き行かば、悔いも恐れも何もなし」
でもこの心持作るのはたやすくないですね。

2.信念ある理想 
「あんな事やりたい」「あんな風になりたい」と思いつくが、何か困難あうと、
諦めてしまうのが普通だが、これは理想ではなく欲望だと言い切る。
ただ夢見たいなうわごとみたいな気持ちを心の中に描いただけという。
理想には信念が必要だ。
信念がないとどんな故障がでようと、万難を突破して完成成就、勇猛邁進する力が分裂する。
信念があれば理想実現に邁進できるというのである。(欲望を信念へ高める)

3.絶対積極語を使う
自分の頭に入ってる消極的な言葉を一切更改する。
言い換えれば自分の頭の中から追い出してしまって100%積極言葉しか使わない。
観念要素の更改と言っているのである。
積極、消極を超えて絶対積極の言葉のみで行動する。
そうすれば3つの誓いの相手の人格を否定しない事が実行できるというわけだ。

このことを実行したある経営者は最初は真似だが、
必死の思いで27年続けた行動が自分の血肉となり、信念化したに違いない。

皆さんはこんな体験された事ありますか?

2019年01月17日

「心を建てる」こと

今日は阪神淡路大震災発生から24年になる。
兵庫県の墓地に建っている墓石はほとんどが倒れるか、部分的に壊れていた。

コープ神戸の要請で彼岸までに建て直そうというプロジェクトが始まった。
予約を受けつけたら、朝から晩まで電話が鳴りっぱなしだった。

1月17日という冬だったので、北海道の仲間に職人の手配をしてもらって、2月から3月彼岸まで復元工事を必死でやった。

盆彼岸の墓参りに先祖供養を7割の国民がする習慣は世界でも希だ。
あたらためて自分の仕事に深い意味を感じた。
ただお役に立つだけでなく、

「墓」
1.現実の幸せであろうが不幸であろうが、黙って聞いて受けいれ共感してくれる。
2.家族が震災で家を無くし、家族を亡くしても、墓に来れば誰かに必ず会える「絆」の場所だ。
3.幸運なときにはおもいあがらず、先祖への感謝を忘れず、平凡な日々に感謝でき冷静(霊性)になれる。
4.不運なときは、現実を受け入れと無言で教えてくれ、今から生きる覚悟と勇気を与えてくれる。
5.今ある自分は先祖や仲間のおかげであると感謝が湧いてきて、「希望」が湧き行動へ一歩踏み出す。

墓所に自分の身を置くと「沈黙する墓」は自らを照らし、自問自答の時間をくれる。
そこは「夢・希望」を与える場であり、過去は現在を作り、現在は末来を作ることを諭す。
人は世界中繋がってるという絆の中にいる自覚に(世界中の一人)気付かせてくれる。

私は相田みつおさんの「人間だもの」という言葉を思い出す。
失敗も良い、不完全で良い、不幸にも見舞われる。
でも「心建てろよ」と語ってくれてる言葉と受け取ってる。

さて、今日の月間朝礼1月17日のタイトルが「心を建てる」だった。
綾戸智恵さんが東日本大震災の直後、宮城県でコンサートを行われ、こんな大変なときに歌なんか聴きに来ないと思っていたら、超満員だったそうです。

綾戸さんがお客さんに、「家建てるのが先なのに、こんなとこ来てよろしいか?」と聞くと、「家建てる前に心建てないと。歌って頂戴」と返ってきた。

綾戸さんはここで自問自答し「私にとって歌は『食いぶち』だと思っていたが、あのときから『夢』になった」と語っておられる。
痛みを伴った人たちに歌い続けるしかないと考えるようになられた。
もし勇気がでるなら、幸いだと思って。

「勇気や夢」「絆」「愛すること」を与えてくれる祈りの対象の「墓」を作り彫刻し建墓する。
綾戸さんが歌い続けるように、私たちも墓を建てることで「心建てる」役立ちに邁進したい。

皆さんは墓建てる事は心建てることとおもいますか?

2019年01月09日

生きる哲学を身につけること

荘子は、「終わりのない流転と変化に絶えず身をさらすこと」
こう考えている。

実にすごいと感服する。
仏教的な表現をすれば、「諸行無常」「諸法無我」だろう。

宗教的な背景がある言葉なので、(釈迦は労働はしなかった)
虚無的な言葉に感じるのは私だけだろうか?

近代は理性至上主義、科学万能主義と言っても過言ではない。
蒸気機関が発明され、人為的な動力(エネルギー)を発見し、
人間は機械によって重いものも、あるいは24時間働き続ける工場生産を生み出し、
大量に物を作り、移動させ運ぶ事ができることに喚起した。

イギリスで起こった産業革命だ。

その後、石油の時代が来て、科学と化学が発達し、人造の商品ができるようになった。
さらに、電気エネルギーが多くの家電製品を生み出し生活形態が大きく変化した。
現代は第4次産業革命といわれるIT革命時代だ。

自動運転の車、AI(人工頭脳)、IoT(モノのインターネット化)によって、
さらに生活様式が一変せざるを得なくなっている過程の真っ只中にある。

この現実を必然と捉え、如何に生きるべきかを自問自答せざるを得ない。

荘子は「訓練した自発」と言ってる。
この意味を説明するのに、「包丁」(丁という料理人の名)というたとえ話がある。

「丁は毎日毎日、牛刀を手に取り肉をめった切りしていた。
普通は2~3年で刃がぼろぼろになるが、丁は19年も使ってるが今でも切れ味は良い。
なぜかというと、肉には間接組織の筋道があり、天理にしたがって着ることを体得していたからだ。」

そのことを「訓練した自発」といい、継続する努力がいる。

現代のように頭で考え実験によって導き証明される理性を信じるのとは違う。
丁は意識的理性から解放され、自由に牛刀を関節に当てることを体得したのだ。

「自発的」とは、自己の欲望を解き放つ事だと考えるのが一般的だが違う。
自発的に継続する努力の結果なのだ。

稲盛和夫さんも「継続が平凡を非凡に変える」とおっしゃられている。
さらに、人格とは持って生まれた先天性「性格」に、
人生の過程で学び身につけた後天性の「哲学」を加えることによって陶冶してゆくもので、
どのような哲学に基づいて人生を歩むかによって、人格は決定付けられるとおっしゃる。

やるべきことを一心に黙々と努めていれば、思いが成就するという事だ。

「悟りは日々の労働の中にある」

違う言葉で、森信三さんは「真理は現実のただ中にある」とおっしゃられている。
とはいえ、人間が生きるには、働いてモノを作るか、モノを作る道具を作るか、
直接人間の生活に働きかけるサービスを提供するか、サービスを生み出すか、
あるいは直接人間の精神を感動させる音楽や絵画や芝居といった行動をする必要がある。

言い換えると生きることは働く事だ。
「勤勉である事が善」といわれる所以だ。

現実は働き方改革をはき違え、
働かないで遊ぶ事が善へ変貌しようという方向性も見える。

これでは未来は崩壊するしかない。

子々孫々の未来を希望に満ちた世界にするには、
自分自身が生きる意味と価値をしっかり確立した哲学を身につけることだ。

皆さんは哲学を持つこと、いかが考えられますか?

2018年12月24日

「野口三千三」に学ぶ

現代は科学万能主義と言っても過言ではない。
科学とは実験によって法則性を見つけ繰り返し活用できる人間の理性のことを言う。
理性至上主義ということになる。
この理性をデカルトは人間を肉体と精神に分け二元論にしてしまうのである。
それが進化発展するのを正・反・合と思考する観念弁証法と言ってヘーゲルが提唱する。

さらに、ドイツの観念哲学を学び、フランスの啓蒙思想に触れ、イギリスの経済学を土台にして、マルクスはヘーゲルを一歩進めて「唯物弁証法」ヨコ軸に、「史的唯物史観」たて軸にして、人間の社会の歴史的な未来像をイメージして創造し、構想したのが共産主義だ。
この姿が人間の理想の集団のシステムだと考えたのである。
まさに20世紀は資本主義と共産主義の価値観の戦いの時代で、1989年のベルリンの壁崩壊までの長い間、世界は戦争状態であった。(現代も戦争はある)

さて、最近の哲学はもっと深くなり、唯物論と唯心論という統一の哲学もでてきて、
科学と宗教が一体だという潜態論哲学もある。
一方、情報化が進み、人間の本質は「精神」だと断言され、
人間の心は「集まる・まとまる」という働きをすると野口三千三は言う。

故に、「唯情報論」「唯関係論」「唯こと論」(関係から来る変化する)人間は誰もが意識によって動いてると考えてるが、そうではなく、イメージによるしか動きようがないと断言される。
全体が統合的で、結論的感覚(感情)によって、身体が「快・楽」の感覚に目覚めれば、
自己存在観、生きがいを確認し、これを元に行動、表現が生まれる可能性が充分にあると言うのである。

だから「人間にとって努力する事の能力より、興味を持つことのできる能力」が大切だ。
「努力」より「探究心」
「体に貞く(きく)」
「重さに貞く」

重要なのは呼吸だ。
原因・・・吸息=集合、準備、貯蓄
過程・・・保息(息を吸った後吐く前)=結合、化合、集中統一(エネルギーが集中する)
結果・・・呼息=解放され行動し完成

解放とは力を抜いて、緊張をほぐし、緩め緩和し、リラックスする。
これを流動と静止、解放と集中、変化と統一、自由奔放と規律秩序、
一見対立するが融合統一された状態を「生の世界の解放」という。
人間として自由自在を得るのである。

唯物論のマルクスも人間の解放のために資本論を書いたと言ってる。
彼は個人の人間でなく、社会の階級から開放する事で、
資本主義社会そのものの仕組みを変える創造をしたのである。

現代は世界の多くの国が国民主権の民主主義を標榜する。
その国民が国家をつくっているのだから、
自らの身体と精神から開放されてこそ、次世代を創造する人間となるには、
リラックスして自然体で居て、現実を100%受け入れ、
自ら「快・楽」のオキシトシンの幸福ホルモンがでて、
現実の課題を解決し更なる進化を遂げる身体を感じる事が重要に感じる。

皆さんは野口三千三さんの「唯情報論」いかがおもいますか?