社長ブログ

大阪石材株式会社 伯井です。

2012年01月09日

志本主義時代の幕開け

物事を善か悪かと分別し資本主義を批判するつもりはない。
戦後モノがなく貧困の中にあった日本が文化的な生活をするべく、
重工業を基本的に整備し、軽工業化が進み電化製品が家庭に入りだし、
車が一般大衆のものになり、モータリゼーションの時代となり、
道路網も整備され流通業が目覚しく進歩する。

日本は一人当たりの生産性(GDP)は世界で3位だったのは1998年ぐらいまでである。
今日では21位だが、円高で16位ぐらいになってるかもしれない。
工業化による機械化や効率のモノつくりが韓国のサムソンに取って代わられ、
情報化社会ではアメリカに衛星の使用料、
ITではマイクロソフトやグーグルに使用料や宣伝料を払う結果となり、
どんどん車以外はソニーもナショナルもシェアが奪われてるのが実情だ。

情報化社会でホントに求められているのは『人と人』の温かいぬくもりのある関係だ。
情報も鮮度とかスピードで工業化し効率を目指しているのが現状で、
また、忙しい人にはバーチャルな店舗まで出現し、新しいビジネスモデルもできている。

しかし、本質はフェイスtoフェイスを人間は求め、
情報に『温もり、優しさ、美しさ、品格』こんな人間らしさをもとめているのだ。
「モノに心を添えて」が本当だ。
だから製品(機械でより効率を追求した無機質なモノ)でなく、
作品(芸術家の人間が感じれる有機的なモノ)を求めているのである。

製品やサービスを生み出し働くのは人間そのものである。
経済的には資本主義で資本が主人で働きスピードと効率一番の考え方になるが、
志本主義で志が主人で働き温もりと優しさ、美しさ、品格が付加された作品をつくる考え方が不可欠だ。

明治維新は江戸幕藩体制という旧来の価値を根底からこわし、
『和魂洋才』とハイブリッドな考えで欧米を受け入れた。
今まさにそのときの『志』を根本にしたモノやサービスを作る志本主義の時代の幕開けだ。

どの事業でも原点に返って、
お客さんに役に立つ志(使命)から発想する志本主義精神という、
目にも見えなく、自分さえ知らない顔すればいいような弱々しいものが、
現代を切り開くモノとサービスをつくる必要充条件であると確信する。

みなさんは志同じくする同志いますか?

 

 

2012年01月07日

分別以前の「ある何者か」

現実は右左、善悪、貧富などと二つに別ける。
これを仏教では分別知といって現実の浅い知恵だと切り捨てる。
分別する前はどうな状態だったかというと紙幣のようなものだ。
1枚の紙におもては福沢諭吉で裏は鳥の図柄で福沢諭吉ではない。

でも一万円として使える。

裏も表も同じ福沢諭吉だと『偽札』だ。
言い換えると本物の人間なら健康な細胞(仮に表)と、
病気になる細胞(仮に裏)が裏表になっているのと同じだ。
全く違う概念が背中合わせで一体のものなのだ。
身体や、精神が異常に一方を使いすぎると、「ある何者か」がバランスを取る。

病気の細胞(バクテリアみたいなものを創造ください)が健康な細胞より勝ると熱が出て動けなくなる。
身体を休め一日中寝ると回復する。
自分の意志とは無関係だ。「ある何者か」が仕事をする。
これを村上和雄先生は『サムシンググレート』と名づけられる。
では表を大事にするのと裏を大事にするのではどちらが優先するかを考える。

論語の憲問第十四に「子曰く、貧しくして怨む無きは難く、富みて驕る無きは易し」

これは管仲(斉の大夫)を誉めた言葉だ。
意味=貧しくても怨みがましくならないのは、むずかしいが、
   それに比べて富んで驕り高ぶらないのはたやすいことだ。
表ばかり見つめて裏を手入れしないのはいかがなものかという意味だ。
柔道も技をかける練習より受身の練習が先だ。
相撲も勝ったほうを誉めるより負けたほうを応援することが謙譲の美徳で、
行司は『はっけ良い残った残った』と負けてる側に声援するのだ。

なんと自然な宇宙のバランスではないか?

聖徳太子が『和を以って貴し』という自然との共生を大事にしたのは、
個人性と社会性を統一させる共同体実現であり、宇宙のバランス感覚だ。

日本の農耕文化には自然との共存共栄が欠かせなく、
共同体の精神的支柱が出来上がってきた。
その基本が自然崇拝と先祖供養なのだ。
自然と自分の先祖への感謝から自分を見つめるのだ。

みなさんもサムシンググレートの存在感じられますね!

2012年01月05日

幸福になるのは生まれてきた義務(思いは必ず実現する)

家族はみんな裸で話すし、家族は助け合う。
会社も同じで単なる機能集団でなく、家族のような共同体だ。

家族は好きのレベルでなく、愛のレベルの共同体だ。
マザーテレサは、
『好きは感情です。
 愛には決意と努力がいる。
 愛の反対は憎しみではなく無関心だ。』

この共同体の目的は『幸福になることだ』
親孝行も同じだ。
親は無償の愛で子供を育てる。
大なり小なり少しは違うが、
どこの家庭も無償の愛で子供を叱り、子供を誉め育てる。
だから、一番の親孝行は子供にとって幸福に生きることだ。

この義務を果たすには、まず自分に言い聞かせなければならないことがある。

1)『幸福たらんと欲しなければ絶対に幸福になれない』

2)『悲観主義は気分のものであり、楽観主義は意志のものである。
   およそ成り行きに任せる人間は気分がめいりがちだ。』

楽観主義であろうとする人間には意志がいる。
いい換えると愛する決意と努力がなければ楽観主義にはなれないということだ。

3)『幸福を与えるには自分の内部に幸福を持っていなければならない』
   自分が幸福になり他人を愛する意志を持たなければ幸福は実現しない。

さて、これは私がメモに書き残していた言葉を書き綴った。

「善因善果」という仏教の因果応報の法則がある。
『善きこと』を思う。強く強く幸福を思うことで自分の行動も従うのだ。

現実世界には善悪があり、損得もあるが結果にすぎない。
自分の内なる原因がなければ結果はでない。
自ら『善きこと』を『幸福」を思念すれば自らの行動が生まれ幸福な結果を生み出すことが出来る。

ところが私は外からの刺激で心が善になったり悪になったり、
振り回され幸福が揺らぐ自分に時々出会う。
自然に周りの人たちにご先祖に感謝が足りないからにちがいない。
感謝を忘れず今日に生きよう。

みなさんは善になったり悪になったり、幸福揺らぎませんか?

2011年12月28日

仕事納めを二宮尊徳翁で結ぶ

今日が仕事納めの日で、望年会をみんなでやって終える。
例年は翌日が餅つきだったが、子供が大きくなって人数が少なく、
昨年より取りやめになった。
さて、企画は新入社員と二、三年生の社員が考え自作自演する。

来年に向けて整えなければいけないのは5SやISO品質、
ISO環境の不適合の是正処置といったことが大事だ。

その具体的な是正を実行して品質、環境を今よりよくして、
お客さんの要望にこたえる技術、商品、サービス、情報を提供することが使命だ。

この使命の具体性は働く人間が生み出すことも事実で、
仕事に向き合う心構えが一番大切だと心得る。

そこで、二宮尊徳翁の言葉を肝に銘じ来年を迎えたいので記することにする。

二宮尊徳翁曰く

『音もなく香もなく常に天地は書かざる経をくりかえしつつ』
天地こそ誠の道は明らかであるというのだ。
申し訳ないが学者の論説ではないというのが尊徳翁だ。

『古道につもる木の葉をかきわけて 天照神のあしあとをみん』
古道とは天照大神の大道すなわち日本の道、
木の葉とは儒教仏教をはじめ諸々の教え、
古道とは人徳の道だとおっしゃられる。
中国の文天祥(1236から1283年の南宋の政治家)は『正気の歌』で、
古道照顔色(古人の道が私の顔色を照らしてくれる)といってる。

『ちうちうと嘆き苦しむ声きけば ねずみの地獄 猫の極楽』
これは間違ってることを諭した歌だ。
一方が喜び一方が憂いるのは真の福ではないというのだ。
彼の悲しみは我の悲しみ、彼の喜びは我の喜びであるのがあるべき姿で、
天地と親子と夫婦と農業の道のように共生共楽こそ真だと語られる。

『日々に積もる心のちりあくた 洗い流して我を助けよ』
人間は日々知らないうちに心にちりあくたがたまるから、
心の浄化を自分で実行すると、自の苦と迷いと悩みから開放され助くことになる。
具体的に身の回りの清掃、整理、整頓からはじめ自分の心も掃除することだ。
利己心を少なくし利他心を多くする決意と努力がいる。
(人間は種の保存の意味で、本能的に自己防衛機能が働くように出来てる)

みなさんは幸福になる心の浄化何時されてますか?
 

2011年12月26日

悪貨は良貨を駆逐する

これは有名なグレシャムの法則だ。(経済用語)
過日、ブータンの国王と王妃がこられた。
ブータンでは野良犬がいないそうだ。
何故なら、みんなの犬として食べ物を与えるからだ。

また、すずめが電線に当たって怪我しないように電柱や電線はない。
更に寄付する人も多く、国民の98%は何らかの形でみんなのためにお金を差し出す。

当然幸福度も98%だそうだ。
モノが豊かにあることは大事だが心の豊かさの感じ方の質がなければモノも生きない。

老子曰く『知足不辱、知止不殆』
これは自分の心をコントロールする方向性だ。
しかし、われわれ凡人にはなかなか自分で自分をコントロールする加減がわからない。
そんなときは『お天とうさんは見てござる』という良心で自分を自問自答することだ。

政治の世界では「TPP」(環太平洋戦略経済提携協定)の是非論が展開してるが、
量の拡大か、質重視(自然のルールの中で)かといことも考えねばならない。

先日ある漁師さんからマグロの養殖に成長ホルモンを打って短期間に成長させることも出来ると聞いた。
オリンピックの競技では勝つためにドーパミンを摂取して筋肉強化するずるい方法は禁止されてるように、
生産性を上げる目的で「良識」といった根本的なことを人類は忘れてはいけない。

人間は自利心というエネルギーを人類のために競争する知恵や行動ならいいが、
自分の利己心のために競争し、科学技術をもてあそんではいけない。

悪貨が強く良家が弱いものでなく、良貨が正しく評価されることが正常なことだ。

みなさんは悪貨と良貨どちらに駆逐されてますか?