社長ブログ

大阪石材株式会社 伯井です。

2010年08月09日

大人の精神の柱創れてますか?

経済活動が悪いのではない、
便利すぎる社会が「人間の耐える力」を遠ざけたのだ。

その結果、心が弱くなり耐えることが美徳ではなくなってしまった。
それとともに、お金さえあれば耐えなくても便利が手に入る社会になった。

こんな環境の中では、二つのことが起こる。
1)拝金主義だ。とにかくお金が目的になる考えだ、
2)利己主義だ。自分を磨き、志を立て(立命)努力する価値がもてない。
        自分さえよければいいが、だからといって他人を押しのけるわけでもない、
        協調性のないマイペースというわがままなんだ。
これが現代の社会が生み出した心のあり方だ。
真剣に考える人は、理想がすぐ実現しないと我慢できず、
手に入らない苛立ちから、統合失調やうつ病になる。

もう一方から社会を見ると個人主義の台頭だ。
これが、昔からの共同体としての仲間意識を育て、
相互扶助ができていたのが、
付き合いが面倒くさいと自己主張ばかりで気遣いができない社会になった。
気が利く人はうつ病になるか、
自分でリセットして人間関係を遮断することで病気にならないように防衛する。

結果、
1)便利すぎて、努力して手に入れる喜びがわからない、
2)10年我慢したものを愛しむ喜びを味合わえない。
3)すべてが手っ取り早いことがいいと言う時間感覚になってることに気付けない。

なぜこんなこと書きたくなったかというと、
恩師小田切瑞穂先生の追悼文集が出てきた。
そこに、『精神公害』という言葉で科学至上主義や物質文明ばかり追っかける世相を憂い、
『科学解脱』なる本を50年も前から講義していたことが書かれてた。
私は23歳からご縁を結んでいただいて、平成五年お亡くなりになるまで教わった。(当時45歳)

物質を超えた哲学を持てと、
自ら『潜態論』という総合科学の立場と哲学の立場から書かれた事を、
特に「臨済録」「無門関」「碧眼録」を通じてみんなにわかりやすく講義されていた。

だからといって経済を否定したり、物質を否定しては生きれないのも教えられた。

荘子は『大人無己』(大人己無し)
意味=大人の人は利他心からの発想ができ、
   利己心むきだしの自己主張の自己がなく、
   縁でできてる人間関係や自分(己無し)に立脚し行動できる。

京セラの稲盛さんは『足るを知る』ことだと教えられる。

先生がなくなって17年経つ、理屈でなく実践できることを指導されてたのに、
まだまだ「大人の精神の柱」できてないのが事実だ。

皆さんは現代を如何考えられますか?

2010年08月07日

善行について

本音と建前がなくなった時代がテレビ時代である。
裏と表もなくなった時代といってもいい。

言い換えるとすべてが表の時代であり、ビジュアルな固定画像で考える余地がない自分ができる。
このことが『うつ病』と関係し、
自殺者3万人を超える原因のひとつと察するのは私だけだろうか?

裏とは『悩み』『苦しみ』『もがいてる自分』であり、同時に考える自分である。
この裏(本音)の自分には二つの自分がある。

1)動物的な本能的で感情的な未熟な現実的で利己的自分。
2)まだ開花していないが、咲こうと必死に生きる、
  未来への可能性に満ちた不安定な創造的自分。

私の学生時代はキエルケゴールやサルトル、マルクスの生半可な知識を振り回し、
友人とわけがわからないぐらい徹夜して激論を交わした。
お互い本音の自分をぶつけ合った。

現代は若者に思考することを停止させるぐらいに過剰に情報が氾濫してるといえる。
論語に人物や物事を洞察するのに、三つの段階があると教える。
1)視(目に見える形や状況)
2)観(目に見えないが、形や状況から主観的ではあるが直観すること=イマジネーション(想像)
3)察(自分が主観的にイメージしたものを相手や周りも溶け込むようにすること=クリエーション(創造)

「想像」と「創造」のちがいはお解かりでしょう!
想像=頭で考える主観性だ。(判断といってもいい見てる自分だ)
創造=実際に行動で環境成り人物なり仕組みなりをつくっていく客観性を引き出す行為だが、
   人間だから誤謬があるので修正しながら前進するのが原則だ。
   (決断して自己責任を取る覚悟の自分だ)

さて、考えるには『視、観、察』と進化させるが、行動の方向性が必要だ。
行動の方向を、
儒教では『積善の家に余計あり』、
また仏教では『善因善果』という因果の法則がある。

そこで重要なのは善行とは何かである。

白隠禅師の「坐禅和讃」には、
『布施や持戒の諸波羅蜜、念仏懺悔修行等、その品多き諸善行』
とお坊さんの修行内容を書いているが、

二宮尊徳さんは解りやすい。
『今やってることに打ち込みなさい、
 真剣に打ち込んでいると、
 仏性が輝いてきて
 次第に善行が積まれるようになる』

要するに、好きや嫌いや言わないで、
今、与えられたことを真剣にやる結果善行が出来る。
内の自分の心の姿勢の問題だと言い切る。
善行を分別して、外の世界に探すのではないのである。

自分で善行と思ってるだけで、思い込みんでる状態は、『動機善私心あり』になる。
しかし、今与えられたことに真剣に徹しきったら、
当然自分の価値観の分別を超越することになり、
結果、稲盛さんの言う『動機善私心なかりし』になる。

理屈でいくら解説しても真実ではない、
先ず、その方向で行動する気があること。
そして、できるように努力することだ。
まだまだ未熟な自分が恥ずかしいのが本音だ。

みなさんは如何考えられますか?

2010年08月03日

客家に学ぶ

客家とは今から300年前ごろ黄河流域から福州のアモイに南下してきた漢民族である。
彼らは丸いドームのようなものまたは四角いのもあるが大きくて220人ぐらいの仲間が住む。
なんとその壁の分厚さは1メートルもある土壁で4階建てだ。


もちろん、土着の民族からの襲撃を恐れ、身を守るためのものであることは言うまでもない。
今、世界遺産に登録され世界中に脚光を浴び観光客が絶えない。

彼らは、大変民主的な議事運営がなされ、協力体制ができてるのである。
客家出身の偉人に孫文、鄧小平がいる。

その格言には、
1)兄弟姉妹が仲良くできない人には世の中で友人ができない。
2)早く起きなければ一日台無し、早く学ばなければ人生台無し。
3)事を興す前に人間であれ。
4)水は低きに流れるが、人間は志高きに住め。
5)先祖の土地は売ってもいいが、先祖の教えは守れ。

私の父はよく言ってたのは、
1)鶏頭となれども竜尾となるなかれ!
(他人のせいにするな、自分の責任で生きろといってました)
2)恩は石に刻め、情けは水に流せ
(他人に世話になったら、一生掛けて恩返し、情けを掛けたら忘れろといってました)

皆さんの家ではどんな教えが言い伝えられていますか?

2010年07月31日

鏡の使い方

今日、襌文化研究所所長の西村恵信先生から本が届いた。
7月20日発刊のできたて、ほやほやの本だ。
タイトルは、人生を悔いのないものにする参考書『生き方 死に方』。

その中に鏡について書いてある箇所が二つあった。
1)人間と猿のちがいは二足歩行、文字、火を使う、鏡を見る(思春期)であるが、
 家を建てるなら設計図があって、現実建てていくから理想的になるという。
 ところが人間は逆で、現実の自分の形があって理想をつくっていく、
 鏡の中の自分は理想の自分である。
 この二つの自分を持てば苦しいだけで、しんどい人生になる。
 人間とはもともと矛盾してる存在だと気付くことであり、
 楽しい人生=現実そのままの中にすばらしいものを発見することが襌だと解く。

2)『晴れてよし 曇りてもよし 富士の山
       もとの姿は 変わらざりけり』
 この歌には毎日のように「変わる富士の景色」と、
 一貫して「変わらない富士の山そのもの」とが同時に歌われtる。
 
 この古歌を山田無門老師は『鏡のような柔軟なこころ』=平常心と解かれた。
 どんな状況であれ、その場その場の状況を淡々として受け入れていくことだそうだ。
 だから、いつまでも昨日のことを後悔したり、明日のことを愁うることをしない。
 『笑っていても泣いていても、シャッターをきられたら写真だ。
  どんな顔でも真実の自分が写るのだから写真というのだ。』

平常心=不動心といってもいい、何事にも動じない頑なこころではない、
むしろ何事をもそのままに受け入れる柔軟なこころのことである。

「柳に腰折れ無し」というのも柔軟な心構えを教えてることわざだろうが、
どうしても頑固にこだわるのが主体的で立派な態度だと錯覚してるのは私だけだろうか?

みなさんは鏡の使い方如何考えられますか?

2010年07月30日

北海道日本ハムファイターズの経営

私はスポーツは観戦を楽しむより、自分でやるのが好きだ。
なぜなら、観戦を楽しむより選手のひた向きなプロの生き方に興味があり、
「自分ならこんな時どうする」また「筋肉強化にはどんな練習がある」「食事のバランスは」
など具体的な自分に取ってと考え、実行することが好きだからだ。

ところが、今回球団のオーナーである大社 啓二さんの経営の姿勢を聞く機会があり、
新庄、ダルビッシュを輩出した球団の熱き思いがなければ実現しなかったことに感動した。

従来の球団は企業球団で広告が主な目的だ。
世界球団を見て歩いたオーナーはそれではいけない、
球団は自主経営をして独立することであるという信念から、

地域球団へ飛躍させるための本拠地を北海道に求めた。
これには三つの基本理念と組織がある。
1)球団理念(存在の意義)=地域球団としてスポーツコミュニティーをつくる。
  A.公共性を有し、こころと健康を提供し地域社会に貢献する
  B.青少年への健全な娯楽を提供
2)経営理念(経営の心構え)=経営に尽くすことで利益を上げ、
                   社会に必要な存在として持続継続的な発展をもたらす。
  A.「食べる喜び」、時代を画する文化を創造し社会に貢献する(日本ハムの食育)
  B.「幸福」と「生きがい」を求める場を想像する。
3)行動指針(行動の心構え)=ファンサービス第一主義
  A.地域=共生と共栄
  B.ファン=勝利と感動
  C.スポンサー=価値向上(モノ、サービス)
  D.出資者=理念実現
このすべてに具体的に貢献し、心動かす感動、体動かす健康を実現するため、
地域のメディアや食育活動を展開し、環境に配慮する行動を具体的に推進する。
1)その組織は全員が連帯し、理念を共有して当たる。
  A.チームは全力疾走であきらめず感動の試合をする。
  B.フロントはお客さんを満足させることを最優先にする。(お客第一主義)

結果お客さんの満足は→利益→働くものの生きがいを実現する。
そのためには 1)知名度 2)認知度 3)好感度の創意工夫がいる。
現在は体育→食育→環境育へどんどん飛躍、躍進中である。

さて、食事は選手にとって筋肉作りやスタミナには欠かせない重要なことだ。
日本ハムには栄養管理士が24時間電話をオ-プンにしてアドバイスするようになってるそうだ。
ある選手が夜の10時にコンビニの前から食べたいもののカロリーや添加物を言って、
食べてもいいか?きいてる。
管理士の答えは『今の時間に食べること事態おかしい』とぴしゃりと叱るそうだ。
一群の朝食は定食でなく、バイキングで自分で取るそうだ。
もちろん管理士から個々人の必要なカロリー、栄養素のメニューを渡されている。
自分で量は計るが、良く食べる人が健全で一流の選手だそうだ。(二日酔いでは食べれない)

一流は自分の食事や練習に厳しくなければなれないことだけはわかったが、
自分も仕事はお金を稼いでいる以上プロに違いない。
しかし、野球選手のように真剣に食事や筋肉強化を考えて日々過ごしていない。
言い換えるとまだ成長する余地があるということだ。(負け惜しみ)

皆さんは如何考えられますか?