社長ブログ

大阪石材株式会社 伯井です。

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2018年09月29日

トランプ大統領の行方

資本主義社会の矛盾は「恐慌」なんですね。
1920年代には投機ブームが起こり株価バブルになっていき、1929年ニューヨークの株の
暴落で世界が大不況になったのである。

1930年にホーリー・スムート法が施行されたのは、アメリカ国内の産業・農産物を守ろうと、
2万品目の関税を平均50%あげたのである。

世界は一年で貿易額は半分になってしまって、世界恐慌が起きたのである。
日本は関税は800%かけられ、仕方なく労働賃金を下げざるを得ない事態になった。
生活者のとっては貧困の極みだ。
その時にソビエトの情報な少なかったこともあり、計画経済(実際は情報統制で真実の情報が入らなく、貧しかった)は、上手く行ってすばらしいという幻想が起こったのも事実だ。
戦後の日本は60年安保闘争で火がつき、反体制運動が激化するのである。

私たち世代が東大紛争に始まり、70年安保闘争の時代に突入してた現実に生きた。
さて、トランプ大統領は戦後築き上げてきた貿易協定を始め、すべての秩序を再構築しようと関税の掛け合いを中国始めヨーロッパ、日本にも要求している。

中国へは、鉄鋼25%、あるみ15%ということから始まり、2万品目に関税をかけるところまで来て、お互いが譲りません。
超語句は通関の手続きに時間かける「牛歩戦法」にでてきた。
当然、急激な貿易戦争の結果、過去の恐慌が起こらないともいえない。

1930年の解決策にイギリスの経済学者ケインズができて、「有効需要の創設」ということで財政投資をすることで需要を作り出す手法が採用され、経済が息を吹き返すのである。

ところが、財政に頼った借金体質で政府の赤字が膨らみ大きな政府になると言う結果がでた。
そこで、スモールイズビユティフルが叫ばれ、小さな政府思考が高まり、
一方で福祉国家の構想を打ち出すことにより国民の味方と言う路線を歩んだ。

ところが、1971年にニクソンショックで、金とドルの交換停止を実現させる、新自由主義(フリードマン)が台頭してくるのである。
自由主義経済体制ではドル本位制が確立するのである。

さて、トランプさんは自由競争と自由貿易を放棄するスタンスに立って保護主義的な方向性だ。
一国二制度の中国が更なる進歩のために、自由貿易を誇示してくるのは間違いない。
それは5億人の中産階級の消費市場があるからだ。

圧倒的な人口の差は、数の優位性を物語ってるのである。
また一方ではアマゾンのような異次元の国家の枠を越えた経済圏をビックデーターを柱に、世界戦略してるのである。中国ではアリババの戦略も同様なポジションだ。

現実の世界はドラスティックですさまじい勢いで変化を余儀なくされている。

皆さんはトランプ大統領の狙い、どこにあるとお考えでしょうか?

2018年09月21日

自利利他こそ大事

「自利のない利他は偽善者、利他のない自利は独善者」
これはにの二宮尊徳流に表現した私の経営哲学なんですね。

人間には二つの本能が植え付けられている。

1.自分を守る防御本能
2.種の保存本能(子孫を産み育てる)

「貧乏人の子沢山」はまさに種の保存だ。
貧しいから予備に多く生んでおく、江戸時代は衛生状態や医薬も高く、
子供の早死にが多く人生50年といわれた時代だ。

この利己心があるから男女が求め合い助け合って子が授かるのだ。
しかし、ここからが重要だ。
最近子供の虐待が増えていて、未熟な大人が多くなったように思う。
本能として男女が好きになり子が授かる。
ここからは愛を育むという努力がいる。
親の愛は無償の愛ですね。

優しくだけでなく、社会で生き抜くため厳しく躾け、叱ることもある。

先日亡くなった女優の樹木希木さんは厳しさを教える意味で、
思い切り自己主張したそうですね。

たとえば貰ったケーキがある。
「この分は私の分、食べないでね」と先に主張する。
親なら子供に食べさせた残りで良いと思われますが、
甘やかして過保護になれば社会で生きれないと思い実行したそうだ。

私も厳しくしつけようと、子供の意見も聞かなく怒り飛ばして自己主張した。
(今は猛反省、孫には一切口をださないし叱らないでさとす。年齢かな)

さて、大事なことは利己心の取り扱い方だ。
社会で協調して暮らすには自己中心的な利己的行動は否定される。
誰でもわかっているから「建前と本音」という二重の自分を作って生きる人が多い。

一方、反社会的な行動する人は利己心中心で自己を押し付けてくる。
嫌われないでおこうとしたり、喧嘩を避けるお人よしの人は我慢するんですね。
「憎まれ者 世にはばかる」という言葉がある。

自分を守る利己心は誰か他人と比べて勝ち負けを競うものでなく、
自分の中にある利己心と戦い、それをバネにして情熱の日を燃やし自分を磨く事だ。
そして、他人に役立つ利他行ができる能力(才)や人間(徳)を創ることだ。

この利己心の方向性と利他心の他者を愛する方向が一致する事が「無敵」の自分を作る。
独善者でもなく偽善者でもない、自分を磨くのが仕事を通じて人間力も磨けるのである。

「動機善私心なかりし」でお役に立ち、利己心を情熱と勇気に買え、
一意専心、仕事に邁進する。

皆さんは利己心と利他心が統一されていますか?

2018年09月20日

世間が良心だ

経済は等価交換が成立するから発展するのである。
いつでもどこでも誰とでも交換ができることを保証される信用を共有する事が必要だ。
お金(紙幣)は交換のみ、モノやサービスは使用価値(使って役に立つ)。
価値には交換価値と使用価値がある。

社会は技術の進歩によって生産を工場化する事でコストが下げられモノとサービスは普及する。
経済が大きく拡大して市場が活況になる。
等価交換は「ギブアンドテイク」だ。
対等な関係だ。
ところが、需要と供給の関係で儲かったり、損したりする。
だから、必死に損しないように行動をする。
人間の本能の利己心が働くのである。
決して悪いことではない。

毎日こんな世界で生活してると「与えたら」同じ分を「奪わない」と、
等価でないといけないと無意識に考える。
これが人間生活にとって「助け合い」や「お布施」の経済がなくなり、
合理的だと考え始めるのが現代人だ。

私はイチローが好きだ。
理由は簡単だ。
彼は10打席立つって、がんばって4安打、3安打を出すからだ。
言い換えると6打、7打は見返りのない打席だからだ。

彼の利己心はもっと確率を揚げるために練習に練習を重ね、
完璧を目指すのである。心乱さず冷静に!
私は禅の修行者のように感じる。
それは不完全である自分を受け入れ、さらに磨きをかけ自分を作っているからだ。
観客はその姿に拍手を惜しまないし、敬意を払う。

日本は江戸時代鎖国していたのにも関わらず、町人文化が花咲き、
恩返しの習慣が経済を拡大させていたのである。

たとえば、盆と正月しかない丁稚は「丁稚10年、手代10年」で年季が明けて、
旦那は「のれんわけ」をして店を作ってやるんですね。
今でも江戸末期に残ってる大坂の昆布や「小倉屋」は、
本家は髪を結う鬢付け油の店だったが、明治になって散切り頭にして売れなくなって閉店した。

今でもお世話になった人に「中元」「お歳暮」をする慣わしがあるし、
お宮参りや、病気見舞い、香典には「半返し」と言って、
粗品を送る事でモノが生産され経済の拡大が行われて、
なお、お互いの気持ちを通じ合わせられるということですね。
(西洋的にはプレゼントでしょうかね)
私も外人に誕生日プレゼント貰った。

「私が気に入った使い古したキャットスティーブンスのファーマーというレコード
であなたも楽しんでください。」まるで私をあげたように書かれていた。
日本は新品ですね。

人は生まれ持って自分を守る利己心はみんなある。
「利他心」は自分が意識して創造するものですね。

日本のしきたりをそんな角度から見たら、世界最高の経済大国になった理由もわかる。
今この互恵的な行動を合理的なギブアンドテイクに照らし、
虚礼廃止と言う世界が広がっている。

日本の方向が経済の利益至上主義の価値のみの個人主義に毒されて言ってるようで残念だ。
おもてなしの心こそが、日本文化を作ったのである。
荘子の「無用の用」という中庸の心大事に思う今日この頃だ。

皆さんはいかがおもいますか?

2018年09月15日

日本人の宗教心

明治神宮には正月ともなれば250万人が参拝する。
勿論伊勢神宮もそうだが、お寺にも参拝する。
正月だけで有名な神社や寺のお参りは最低に見積もっても1500万人はくだらない。

一神教の欧米では信じられない光景だが現実だ。
では、アジアの国々特に日本は多神教(汎神教=山も神なら岩も神になる)の世界だ。

何が根本的に違うかというと1789年のフランス革命を見れば解る。
フランスのアンシャンレジーム(絶対王政)である。

身分は三段階ある(当時の人数)
1.第一身分は聖職者14万人
2.第二身分貴族   40万人
3.第三身分      2600万人

要するに教皇が支配して皇帝は身分が下なのだ。
教皇が政治を支配してる世界がヨーロッパの歴史だ。

そこでルネサンスを始め、どうにかキリスト教の支配から自由になりたいと考え社会は発展してきた。
絶対王政から立憲王政へ、そしてブルジュア民主主義となる。
1.法の下で平等
2.経済的な自由
3.自由な私的所有
4.人権の保障

神から人間の理性を基本に「自由、平等、博愛」といった理念を元に契約社会を考え、
神から開放される事を望んだのである。
勝に教政分離だ。人間が主人公になり神に代わってしまったのだ。

さて日本は政治が上で宗教はいつも下であった。
だから政教は分離せず共存してきた。
都合よくご利益を願って神にも仏にも時々によって参り報告したりお願慰したりする。

一神教の世界から見ると無宗教に見えるし、
日本人も宗教を問われたらほとんどの老若男女は無宗教という。

その理由は学者や政治家が理性を中心に、
外国の歴史にあわせて理性の国家が正しいというのを真似てるからだ。

60年前にはプロレタリア革命を主張する学生運動が起こった。
本気で共産主義社会が理想だと思って戦っていた学生たちの映像が懐かしい思い出される。

さて、結論的に言うと日本の宗教人口は3億になるそうだ。
私の家も西本願寺の仏壇がありお寺さんに月参りしてもらってる。
長田神社の氏子にもなっているから、神仏がダブっているのである。
昔は神棚とかまどにもオフだが張っていて水や炊き立ての米を供えてた。

おまけに娘は昨年結婚したがプロテスタントの牧師の前で結婚式をする始末である。
最近の墓じまいや樹木葬や宇宙葬、おまけに「阿弥陀経の「俱会一処」ではないが、
子供に迷惑かけたくないと「合祀」して、一代限りにしていたり、永代墓と証して、
墓があるのに子供のためにと「墓じまい」
なんと、大らかで融通無碍な宗教心だろうと感心するばかりだ。

皆さんは日本人の宗教心いかがおもいますか?

2018年09月12日

「自因自果」の法則

母親が責任感を持たせるために「他人のせいにするな」と叱られていた。
どうしても納得いかなかったので、仏教的にはどう解釈するのか調べてみた。
実に上手く解説されているので紹介したい。

仏教では行為のことを「業」という。
この業(ごう)には三つある。
1.現実の中で自業自得というように、自分が人を無視したから嫌われた。
 という自分の行為に原因があるという意味。
 (今の意識レベル)
2.現実の問題でなく、自分が過去行ってきた善悪の行為のすべてが影響すると言う意味。
 (顕在意識レベル)
3.自分の過去だけでなく、遺伝子レベルで受け継がれた先祖の行為も影響すると
 いう意味だ。
 (潜在意識レベル)

この業(行為)が原因だと言い切る。
たとえば、好きになって結婚する。
しかし、旦那がアルコール中毒で働かない。
これも自因自果で、自分の行為が悪いと反省することが正しい心のあり方というのである。
相手があるので少しは相手も悪くないと言いたい。
半分ぐらいは悪いのか3割位とか迷ったり悩んだりするのが一般的だ。
これを全面否定するのが仏教の諭し方だ。

相手の価値観や善悪は問わず、「因縁」の縁というのである。
これで解るように解決の方法は、
1.自分の行動を変えること。(因果応報)
2.「縁」とは人でも環境でもよい。断ち切ることだ。
この二つの決断と覚悟で、課題は解決するのだ。

さて、人間が生きるのには二つを充足が必要だ。
1.生きること(狭義で肉体を維持する)
2.幸福になる(心の満足をえる)

現実の経済的に発展した日本では生活する事に困らない環境がある。
求人倍率が1.6倍であり、就業者が減っていて何をしても生活できる。
困窮すれば生活保護も受けれるのである。

だから若者は自分の価値観を実現する自己実現を考えるようになり、
個々人の価値観を充足させる環境を探す個人主義が蔓延する。

言い換えると「当たり前」の事が共有できないで、ばらばら価値観が蔓延する。
これを価値の多様化と言っているのが今の日本ではないでしょうか?

さて、「縁」について深めると、
幸福になるには「良き縁」を引き寄せるように行動することが望ましい。
仏教では、「身口意」と人間を三つに分けて諭す。

「自因自果」ですから、
1.身のこなしも横暴な態度や礼儀なく他人を傷つけるる行為では良い縁が来ない。
2.口も不平不満ばかり振りまいたり、他人を始め周りの愚痴ばかり言っていたら、悪い縁を呼ぶ。
3.身と口は「意」自分が何気なく思ったときに善悪を分けて悪いことを思っては悪い縁を引く。
この「思う」ことをすべて「善」を思いなさいというわけだ。
すると良き縁がよってくるというのである。

実に解りやすいが感情のある人間には実現させることは難しい。
私の人生を振り返って、100%「善」を思い浮かべて生きたということはないと断言できる。
心はいつもゆれて動くからだ。

「喜怒哀楽」の感情がでるのが偽らない自分だ。
しかし、1%でも善に近づける努力をすれば、縁も1%は良き縁になるに違いない。
この心構えを作るのが人生の使命であり、幸福になる最善の方法である。

皆さんは「自因自果」の法則いかがおもいますか?