2010年06月26日
欠野アズ紗さんの「愛について」講話
結婚、離婚を経験され、
独学で税理士の資格を取り、子育てをされ、
就職活動しても女性だから採用されず、
全く経験なしの開業、いっぱいの試練を乗り越えられてきた人の言葉を以下に書く。
「私は、私の人生にハンディキャップをたくさん与えられたことに、感謝します。
たとえ、私が、どんな境遇に遭おうと恐れません。
なぜなら、必ず宇宙の力が味方してくれることを信じているから。
私の人生には、私に必要な『善きこと』しか起こりません。
私に乗り越えられない苦難や試練を、神様は決して与えません。
愛は、与えれば、与えるほど豊かに成り、大きく美しく大海のごとく、
広がってゆきます。
愛するということは、相手に期待したり、見返りを求めないことです。」
講話の要点は二つある。
1)絶対肯定の人生観。
今、自分にどんなことが起こっても、肯定する。
言い換えれば、起こったすべての出来事にプラス発想し、
あきらめないで,マイナスに見えることでも、
瞬時に考えをプラスに転換し行動に移すことである。
プラス発想=明るく前向き、肯定的、善意、思いたり、協調的、謙虚、努力、利己的でない。
2)絶対愛で行動する。
欠野さんの文章の最後にある、「愛」は相手に期待しない、
見返りを求めない態度での行動であり、行動をやり続ける意志が本物である。
愛情と愛は違う。
私の母は今、認知症でケアーハウスに入ってる、私(次男)が世話して3年目になる。
母に結婚の時、反対され、それから30年は実家に行っても口も利いてくれない、
つっけんどんな態度をされ続けた。
もちろん、兄弟の子供が集まると、わが子供はのけ者にされ、差別された。
それだけでなく、嫌がることがわかってる内容の、のろいの手紙を何十通ももらった。
実の親がこんなことするか?
受け入れ難くいつも否定的に考えていた。
ところが、看病して一年たって、母のすべてを受け入れようと自分の心を変えた。
すると母は満面の笑顔になった。許すことは自分が許されることだと感じた。
こんな話を欠野のさんに聞いてもらったら、
『親の愛は絶対愛です』あなたが許す許さないというのではダメですとお叱りを受けた。
人間は愚かなもので、自分の価値観に合うとか合わないとか?という理屈で判断する。
それではダメだということだ。
あなたが親を選んで生まれてきたのだから、
絶対愛(無償の愛)を実践することであるとおっしゃる。(手厳しい評だ)
見返りを求めないで母の世話をさせてもらうことが大事だとおっしゃられた。
子供の時には母も見返りを求めないで育ててくれたことはまちがいない。
何か自分のなかに、目に見えないが宇宙の意志とつながったような電撃を感じた。
みなさんは親子の関係を如何に感じられていますか?














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